2006年02月21日

ブナの基礎データ

ブナ

【ブナ】Fagus crenata Blume ブナ属ブナ科

【分布等】
北海道西南部から本州、四国、九州の温帯に広く分布しており、温帯のことをブナ帯ともいう。
北限は北海道寿都郡、南限は鹿児島県肝属郡高隈山となっている。
垂直的には、北海道の海抜15mが最低で内地は2,400mに及んで生育しているが、良好な林相は、北海道100~900m、本州600~1,600m、四国・九州で1,000~1,500mに見られる。

【材質】
散孔材。本来心材はないが、一般に偽心材を形成。辺材は白色、淡黄色又は淡紅色。
偽心材は褐色又は紅褐色。
辺材・偽心材の境界は明瞭で、偽心材形は円形に近いもの、牡丹様模様又は広放射組織を呈するものなど様々である。
板目面はいわゆる樫目を呈し、柾目面は美しい紋様をなす。
年輪は明瞭。
材の保存性は乾燥状態にないものは特に低い。

【用途】
器具材、家具材、枕木、床板等建築材、ベニヤ板、漆器素地、玩具材、銃床材、箱材、パルプ材、薪炭材等多岐にわたる

【生理的特性】
陰樹。結実豊凶は5~7年ごとに豊作を繰り返す。
中性の通潤地を好み、酸性地は適さない。
温帯北部において極盛相を形成し、成長は遅いものの、陽樹林に侵入し、ササ類・低木類の庇陰下に成長を続け40年生頃から成長を早め周囲を圧倒して、次第にブナの純林を形成するようになる。

投稿者 kuromatsunai : 16:39

ブナの樹皮

ブナの樹皮樹皮は樹種毎に特徴的で,葉が落ちた林内で樹種を見分けるのに役立つ。

表面がなめらかなもの,縦に剥げるもの,すべすべして薄皮が剥がれるもの,斑点やまだら模様のあるもの,縦に深い割れ目のあるもの,トゲが着いているもの,コルク質が発達したりそれが翼状に隆起したものなどさまざまで,樹木の顔といえる。

同じ樹種でも若木と老木,根元と枝では模様が変わることがあるが,樹皮による見分けは,花も菓もない時季でも一年を通してできる。

ブナの樹皮はなめらかな部類に入り,色は灰白色で独特の斑紋がある。これは「地衣類」とよばれる,藻類と菌類が共生した植物。
灰青色や緑色,暗灰色などさまざまな色をした地衣類の組み合せは,まるでモザイク模様である。

地衣類のつき方は環境によって変化する。
たとえば,日当たりの良い部分と日陰の部分では,地衣類の種類が違って色合いも変わってくる。そのため同じ模様をもつブナの木はふたつとない。

投稿者 kuromatsunai : 16:38

ブナの葉の特徴

ブナの新緑

ブナの葉の特徴

ブナの葉は,卵形で先が尖っている。
多くの木の葉がのこぎりの歯のようなギザギザした縁をしているのと違い,ブナの葉の縁は丸みを帯びた波状。
また,葉脈の先端が波状のへこんだところへ向かっているのもブナの特徴。

葉脈の先端がギザギザの尖った方へ向かっているミズナラなどと比べるとよくわかる。

投稿者 kuromatsunai : 16:37

ブナの冬芽

ブナの冬芽

多くの樹木は春から初夏にかけて一斉に伸び,枝の先端や葉の腋に芽をつくってその年の伸長を終え,翌春また芽が伸びるということを繰り返す。
通常,芽はできてもすぐには伸び始めずに,ある期間じっとしている。
これを休眠といい,休眠芽として越冬する。冬季の休眠芽はよく目立つので,これを特に冬芽(とうが,ふゆめ)と呼ぶ。

多くの場合、冬芽はたくさんの芽鱗をもっていて,芽の中を冬の寒さや乾燥から守っている。
冬芽はいわば来春伸びるであろう茎や彙が押し詰まった形で,芽鱗の中にしまわれている状態といえる。
外側にあって直接外気に接する芽鱗は褐色をしているが,内側のものはみずみずしさを保っている。
芽鱗の数は,樹種によって1枚から20枚以上のものまでさまざまだが,この数が樹種の同定のキー(鍵)になることがある。

ブナは芽鱗数が20以上あり針のように細長く尖っているのですぐにわかる。開葉が近づくと,芽はふくらみ鱗片は剥がれて風で散る

投稿者 kuromatsunai : 16:35

ブナ林の分布と気候環境

日本のブナ林は北海道南部の黒松内低地(長万部の北方)以南、本州、四国、九州に広く分布する。南限は鹿児島県大隅半島の高隈山である。
今日ではブナ林の分布は断片的なものとなっているが、かつて人間による伐採その他の開発が行われる以前は、日本列島の山地の中腹を広くおおっていたと考えられる。

温度条件の面からみるとブナの分布域は、暖かさの指数(WI)でほぼ摂氏45~85度の範囲内にあることが知られている。
暖かさの指数とは、月平均気温が摂氏5度以上の月について、各月の月平均気温から5度を引いた値を合計して求められる一種の積算温度で、今日、植生帯を区分する際に広く使用されている。

次に降水量についてはどうだろうか。
ブナを含むブナ属は、気温の年較差が小さく湿潤な、海洋的な気候下に分布する植物といわれている。
日本はほぼ全域が海洋的な気候下にあるといえようが、長野県を中心とした中部地方の内陸部には、年降水量が1000ミリ以下と少なく、冬の寒さが厳しい、大陸的な気候の卓越する地域も存在する。
ここはWIの値からみると、当然ブナ林があってもいいはずである。
しかし、実際にはほとんどみられない。
そのかわりに、二次林ではあるがカシワやコナラ、ミズナラなど他の夏緑広葉樹の優占する森林が広く分布しており、もともと、これらの夏緑樹林が極相林であったと考えられている。

降水量に関連し、日本のブナ林にさまざまな面で強い影響を与えているのが雪である。
周知のように、本州の日本海側は、世界的にも有数の多雪地帯である。
雪は物理的な圧力として植物を押さえつけ、あるいは破壊するという意味では植物にとってマイナスであるが、冬期の保温効果(厚く積もった雪の直下は、ほぼ摂氏零度に保たれ凍結することがない)や、冬から春にかけての乾燥が避けられるという点では、むしろプラスに作用する。
日本のブナ林の分布域は日本海側と太平洋側、両地域に及んでいるので、雪の有無によって、両地域のブナ林は種組成や構造、動態などの面でさまざまな違いを示すことになる。
このことは、日本のブナ林の最大の特徴といってよいであろう。

太平洋側と日本海側の気候環境の違いは、ブナ林の垂直分布域という面でも、両者に違いをもたらしている。
例えば箱根・丹沢山塊では海抜750~800メートル以上がブナ林となっている。この高さは、暖かさの指数でみるとちょうどWIが85度のラインに相当する。
これに対し、日本海側では下限が低くなっており、例えば新潟県村上市では海抜60メートルの地点にブナ林が成立している。
村上市付近ではWI85度のラインは海抜400~500メートル付近にあるので、高さにして350~450メートルも低いことになる。
これは極端な例であるが、海抜200メートル前後までブナ林が下りてきている例は中部地方日本海側の多くの地点で知られている。

一方、分布の上限はどうだろうか。例えば秩父・奥多摩山地では、ブナ林の分布上限は海抜1700メートル前後にある。これはWI45度のラインにほぼ相当する。
これに対し、多雪山地として知られる飯豊山地では、ブナ林の上限はほぼ海抜1500メートルにあるが、WI45度のラインは1400メートル前後にあると推定されている。
したがって分布の上限についても、日本海側では太平洋側に比べて100メートルほど上方へずれているといえそうである。

このように、太平洋側と日本海側では、ブナ林の分布域の上限と下限について、温度環境の面でずれがある。
その結果、太平洋側のブナ林が垂直的には1000メートル、あるいはそれ以下の高度分布幅しかもたないのに対し、日本海側のブナ林は1200~1400メートルに及ぶ、幅広い高度分布域をもつことになる。
原因については、積雪量や、冬から春先にかけての空中および土中の湿度など気候環境の違いが関与しているのはまずまちがいないところである。

しかし、他の要因、すなわち太平洋側と日本海側でのブナ自体の性質の違いや、両地域の経てきた地史的な時間スケールでの植生変遷史の違い、また、ブナ林の下方および上方を占める森林との競争関係なども考慮する必要があるように思われる。

投稿者 kuromatsunai : 16:32

世界のブナ

ブナの分布

【世界のブナ】
世界的には、ブナ属の分布は北半球温帯3地域(東アジア、アメリカ東部、ヨーロッパ暖・温帯の3ブロック)に分布するが、種を大きく区分した場合、アメリカ及びヨーロッパはそれぞれ1種、アジアのそれは8種以上とすることができる。以下、地史的なものを含め特徴を述べれば以下のとおり。

【東アジアのブナ】
日本 ブナ、イヌブナ
朝鮮 タケシマブナ
中国 タイワンブナ、テリハブナ、エンプラーブナ、ナガエブナ、パサンブナ、チエンブナ、テンタイプナ

【北アメリカのブナ】
北アメリ力大西洋岸…アメリカブナ(メキシコブナを含む)
中新世からの形質を現在にまで伝え、他のどのブナの生育環境幅以上の温度、湿度領域に適応しており、現存するブナのうち最も古い形質を持っている。

【ヨーロッパのブナ】
ユーラシア大陸西側…ヨーロッパブナ、オリエントブナ
日本のブナによく似ているが、それよりも進化したものと考えられている。
しかし耐寒性は日本のブナが優れていると推定されている。

投稿者 kuromatsunai : 16:31

ブナとイヌブナ

ブナとイヌブナ

日本に分布するブナ属は、ブナとイヌブナの二種である。
ブナは鹿児島県以北、北海道南部の黒松内低地以南にかけてほぼ全国的に分布する。
これに対し、イヌブナは宮崎県以北、岩手県までの主に太平洋側の各県を中心に分布する。イヌブナは中国地方から岐阜県にかけては、本州脊梁の山地を越えて日本海側にまで分布しているが、石川県以北の日本海側には分布しない。
分布高度にも違いがあり、ブナがより高地に、イヌブナがより低地に分布する。

ただし、完全にすみ分けているのではなく、中間の標高域では、両者の分布域はかなり重複する。
ブナとイヌブナは葉脈の数、葉裏の毛の有無、果実と殻斗の形態、花粉の形態、樹皮のようす、樹形などによって、比較的容易に区別することができる。
このうち野外での観察にいつでも役だつのは、葉と樹皮の特徴である。
樹皮についてみると、ブナの場合は比較的つるつるして、色はやや明るい灰色をしている。
遠目には白っぽいが、樹皮に付着した地衣類のため、近づくとまだら模様にみえることが多い。
これに対し、イヌブナの樹皮は表面に皮目とよばれる小さな突起が多数あり、ざらざらした感じがする。
ブナよりは黒っぽい灰色で、地衣類はブナほどはついていないことが多い。
樹皮の特徴から、ブナのことをシロブナ、イヌブナのことをタロブナとよぶことがある。

 次に果実についてみると、イヌブナのほうがブナよりもかなり小型であり、さらにブナでは殻斗が熟した果実全体をおおうのに対し、イヌブナの殻斗は小さく、熟した果実の半分ほどの長さしかない。
殻斗が果実に対し、このように小さいのは、ブナ属のなかでもイヌブナだけがもつ特徴である。
また、殻斗の柄の長さに注目して、ほかのブナ属の種との関係をみると、ブナは短くて直立する柄をもつグループ(短柄群)、イヌブナは長くてしなやかな柄をもつグループ(長柄群)にそれぞれ属している。

ブナとイヌブナは日本列島に隣接して、ときにはいっしょに生育しているが、ブナ属全体の類縁関係からみると、互いにかなり離れたところに位置づけられる種といえよう。

ブナとイヌブナは個体の再生、補充様式の面でも大きな違いがある。
つまり、プナは自然状態ではふつう一本の直立した幹しかもたず、枯死した個体の補充はもっばら芽生えの成長に頼らなければならない。
伐採すれば萌芽を出して再生することもあるが、自然状態ではほとんど萌芽しない。
これに対し、イヌブナは自然状態でもさかんに萌芽し、萌芽由来の幹による再生を行う。
すなわちイヌブナは、株のなかの大きな幹が枯死すると、同じ株のなかの小さな幹が成長して、枯れた幹の枝や葉が占めていた空間を埋めるのがふつうである。
大きな株は大小あわせて数十本、ときには数百本もの幹によって構成されている。
古い株では、中心部にあった古い幹が完全に枯死、分解してしまったために、株の中央部が空洞になっていることもある。

ブナの寿命は平均して200年程度、イヌブナは幹がブナより腐朽しやすいため、さらに短いと考えられるが、旺盛な萌芽再生能力によって、ときには1000年近くの間、1カ所に生育し続けることができると考えられる。

ブナ属のなかで、このような萌芽再生を行うことが知られているのは、現在のところ、イヌブナと韓国のタケシマブナ、中国のユングラーブナ(エングラーブナはタケシマブナと近縁で同種にされることもある)だけである。
ただし、アメリカブナなどはこれとは別に、長く横にはった根からの萌芽によって再生することが知られている。

投稿者 kuromatsunai : 16:28

結実の豊凶

多くの樹木は毎年同じように結実することはなく,年によって豊凶がある。
なかでもブナは結実の周期が長く,豊作年は5~7年に1回の間隔で訪れる。
東北地方から北海道渡島半島にかけて各地のブナ林で調べた研究によると,結実の豊凶はかなりの広範囲(例えば東北地方全域といった規模)で生じる。
ただし,地域的なずれも見られ、結実が同調する明確な区分はないと考えられている。

例えば,1990年や1995年は東北地方全域で豊作だったが,1992年は青森県など東北地方北部から渡島半島にかけての地域が豊作となり,一方1993年は山形県や秋田県など東北地方南部で豊作となっていた。
渡島半島でも1992年と1997年は全域が豊作だったが,1990年や1994年は一部の地域で結実することもあり,完全に同調してはいなかった。

ブナの結実

投稿者 kuromatsunai : 16:26

開花の時期

ブナは開葉に先立って開花する。
日平均気温が6~7℃ぐらいになると冬芽が開き始め,灰色の羽毛のような雄花序が冬芽の聞から顔をのぞかせ始める。
さらに3週間ほどで黄色い紡が露出したパチンコ玉ほどの大きさの雄花序が垂れ下り,花粉が飛散する。
このころにはあずき大に発達した雌花序も確認でき,その先端には花粉を受ける柱頭が突き出しているのがみえる。

1つの冬芽に含まれる雄花序と雌花序の数は,樹冠の位置や年によって異なるが,雄花序4~5個,雌花序1~2個となる。
満開の時期は場所や年によって10日間程度の違いがあり,函館近郊では4月の末から5月の始め頃になる。

ブナの開花結実の開始年齢は,シラカンパやナナカマドなど他の樹種に比べて遅く,40~50年生,胸高直径が20~30cmとされている。
樹高では15~20mでちょうど林冠に達したあたりになる。
ただし,樹木の生育する環境条件によって影響を受けるため,林内に生えている樹木よりは,林の縁にある林緑木や道路わき,空き地などに孤立している孤立木の方が花の着きは良い。

投稿者 kuromatsunai : 16:25

種子の発達と成熟

受粉を終えた雌花序では種子をおおう殻斗(写真下)が発達し,若い種子を堅く包む。
殻斗は6月上旬には成熟時とほぼ同じ2cm程度の大きさになる。

殻斗の中にはふつう2個の種子(まれに3個)が入っている。
殻斗に比べると種子の成長はゆっくりで,9月ごろまで大きくなる。
種子が成熟し,10月を過ぎる頃になると,種子をおおっていた殻斗が先端から4つに割れて,種子の落下が始まる。

種子は脂肪分やタンパク質に富むほか,ナラ類やトチノキに含まれるタンニンやサポニンなどの有害物質を含まないため,動物たちのごちそうとなる

投稿者 kuromatsunai : 16:24

結実を妨げる虫害

ブナの種子は,堅い殻斗におおわれてはいても,昆虫による食害の危険にさらされている。
実際,これまでに27種のブナの種子を食べる昆虫が見つかっている。
なかでもブナヒメシンクイ,ナナスジナミシャク,ブナメムシガ(正式名称は未定)は,ブナの未熟な種子を食害し,ブナの結実に大きな影響を与える。
年によっては開花したちの9~10割が虫害となり,健全な種子を残すことができない。

食害を受けた種子は,初夏から8月ごろに殻斗に包まれたまま落下する。
林内の歩道など下草が刈払われている場所では,こうした種子を見つけることができる。
種子には,ブナヒメシンクイの幼虫が侵入したことを示す直径1ミリほどの穴があいていたり,中の胚がナナスジナミシヤクの幼虫により食べられ黒い糞がびっしり詰まっている。


ブナの開花結実状況

渡島半島の6カ所のブナ林(函館,恵山,上ノ国,乙部,北桧山,黒松内)で1990年から12年間にわたり開花・結実現象を観察した結果,豊作になるには2つの条件を満たす必要があることが分かってきた。
①雌花がたくさん咲くこと(第1条件)と,②雌花の量が前年の20倍以上であること(第2条件)。

これは「種子が非常に少ない年をつくることによって捕食者である昆虫の密度を下げておき,翌年たくさんの種子を生産すると昆虫の増加率が追いつかないために,捕食から逃れて健全な種子をたくさん残すことができる」というもの。
健全な種子を残すには,前年と当年(2年間)の雌花の開花量が重要な役割を果たす。

もしも,毎年同じ量の雌花を咲かせると,昆虫によってほとんどが食べられてしまい,健全な種子を残すことができない。
昆虫の捕食を避けて種子をつくるブナのかしこい戦略がうかがえる。

投稿者 kuromatsunai : 16:23

開花量の年変動

ブナの開花・結実は広範囲にわたり同調するため,開花には何らかの気象要素が関わっていると考えられている。
実際,花芽を分化・形成する時期の乾燥状態や気温が開花量に関係していることが,ヨーロッパブナなど様々な樹木で報告されている。

ブナについてはまだ解明されていないが,最近の研究によると,開花前年の4~5月の最低気温(夜の気温)が開花量に関わっていることが示されている。
1991年から2001年の乙部町のブナ林における開花量とアメダス(厚沢部町鶉)の気温データの関係では、ブナの開花量は前年の最低気温が平年なみであれば多く,平年より暖かいと少なくなる。

ただし,こうした関係は前年の結実が凶作の場合に当てはまるものであり,前年が並作から豊作であった場合(’93,’95,’98年)は,前年の気温に関係なく開花量は少なくなる。
多量に結実したことで樹体内の炭水化物等の養分が消耗してしまうこと,あるいは,種子から出されるジベレリン等のホルモンによって花芽の形成(写真下)が阻害されるのではないかと考えられている。

以上のように,ブナの開花量の変動には春先の気温や前年の結実量が関わっていることが分かってきた。
しかし,原因については,このほかにも多くの要因が関わっている。
例えば,霜害や昆虫の食害によって落葉するなど大きなダメージを受けた個体では,翌年に突然花を咲かせることがある。
開花現象は,単独の要因やメカニズムのみでは説明できない複雑なものとしてとらえるべきことなのかもしれない。

また,結実が成功するには昆虫の密度を下げる開花量が少ない年が必要。
渡島半島のアメダスの気象データを基に,こうした開花量が少なくなるとされる平年より1℃以上も暖かい年が訪れる確率を計算すると,約6.4年に1回の頻度となる。
これはちょうど5~7年に1回とされる豊作年の間隔と一致し,結実の成功には,まれに訪れる暖かい年が重要な役割を果たしていることが分かる。


ブナ、開花量の年変動

投稿者 kuromatsunai : 16:20

種子生産と動物たちの利用

エゾヤチネズミ

種子の落下は10月にピークを迎える。
豊作年における健全な種子の落下量は,林の成熟具合い(大きい個体がどれだけあるか)や林内での位置によってばらつきがあるが,おおよそ1haあたり200~500万個(200~500個/d),重量にして250~750kg程度。
また,成熟した親木からは数万~数10万個の種子が落下する。

落下した種子の多くは,それを食糧とする動物たちによって食べられる。
なかでも野ネズミによる捕食の影響が強く,秋から冬の間に大部分の種子は死亡する。
ためしに,ブナ林のササなどが生えている林床へ健全な種子(100個)を置いておくと,3~4日の内にほとんどが持ち去られたり,その場で食べられてしまう。
ササを人為的に除いて野ネズミが生息しにくくした場所では,種子の残り具合も多く,野ネズミたちの活動の強さを知ることができる。
ミズナラのドングリを用いた持ち去り実験では,1頭の野ネズミが一晩に約40個のドングリを運搬すると試算されている。
1haあたり30頭の野ネズミが生息していると,積雪下になるまでの60目間に72,000個/haが持ち去られる計算になる。

豊作年,餌に恵まれた野ネズミたちは,厳しい冬を生き延びて繁殖活動を行うため,翌春に個体数が急激に増加する。
しかし,豊作の翌年は必ず凶作となるため,いったん個体数の増加した野ネズミも,個体数を支えるだけの食糧を得ることができず,翌年には個体数が減少し元に戻ってしまう。
野ネズミたちの個体数の変動はブナの結実の豊凶に大きな影響を受けている。

野ネズミたちは,ブナの更新にとって重要な働きを担っている。
持ち去った種子はすべてが食べられることはなく,食べきれなかったり,埋めたまま忘れた種子がたくさんあるため。
翌春に,落葉層の穴や朽木のうろのなかに貯蔵された種子から,発芽してくる。
特にブナの種子は乾燥に弱く,雪の少ない地域や場所では乾燥すると,すぐに発芽能力を失ってしまう。
野ネズミたちの働きにより,地表の適当な深さのところに埋められることで,乾燥を避け,発芽しやすくなる。
ブナの方も野ネズミたちを利用して,自然落下だけでは届かない親木から離れた場所へ分布を拡げている。

種子を食糧とする動物たちには,野ネズミ以外にミヤマカケスやホシガラスなどの鳥類やクマなどの大型哨乳類がいる。
なかでも本州に生息するツキノワグマは食糧源の植物果実の豊凶(山の実の成り)が,野ネズミに貯蔵されたブナ種子の芽生えの年の行動圏を決めていることが知られている。

例えば,利用可能なブナ科種子(ブナ,ミズナラ)の落下量と有害鳥獣駆除による捕獲量には密接な関係があるとの報告もあり,凶作年には餌を求めて人里まで行動圏を拡げているようだと説明されている。

北海道に生息するヒグマについては,食糧を植物果実だけでなくアリやスズメバチやザリガニなどにも依存している面が大きいためか,ブナの豊凶と捕獲数の間には明確な傾向がなく,農業被害との関係についても証明されていない。

投稿者 kuromatsunai : 16:14

発芽と実生の生残

ブナの芽生え早春,まだ残雪におおわれる頃,雪の下ではブナの種子が発芽し根を出している。
厚く積もった雪の下は気温が零度以下にはならないため,種子が凍ることもなく発芽する。
また,雪は水分を補給し乾燥を防いでくれ,ブナの芽生えにとって断熱と加湿の効果を持っている。

本州の太平洋側など融雪時期が早い少雪地では,春先に土壌の乾燥が生じるために発根途中の種子が死亡し,ブナの分布そのものが少なくなっている。
ブナは発芽の特性からみても,北海道や東北など多雪な環境条件に適応した樹種といえる。

ブナの種子が大量に落下する豊作年の翌春には,芽生え(実生)の数は1㎡当たり数100本に達することがある。
林内を歩いていると,林床の落ち葉の中に,小さな実生が隙間ないほどいっぱいに生えているのに出会える。
ハート形の子葉や本葉の形からブナだとわかる。

せっかく発芽した実生も,野ネズミたちや蛾の幼虫などによる食害,菌害による立ち枯れ,霜害,乾燥害,光不足など,さまざまな要因により死亡してしまう。
秋まで生き延びる実生は,やや明るい林床で50%,上をササなどにおおわれた暗い林床では10%以下まで減少する。
そして,1年目を生き延びた実生も,2年目以降少しずつ減少していく。

閉鎖した林冠下では実生は十分に成長できず,10~15年しか生存できない。
しかし,新しい実生が次々と発芽してくるので,年による変動はあるものの,林床には常に相当数の実生が生育している。
こうした状態は,何かの場合に
備えて銀行にお金を預けているように例えられ,実生バンクと呼ばれている。
ササの少ない林床では実生バンクが十分形成されたところにギャップ(林冠の欠部)ができると世代交代が進行する。

ブナ種子の残存量の変化

投稿者 kuromatsunai : 16:12

ギャップの形成

ブナ林のギャップブナの大木がうっそうと茂った森林は,「昼なお暗い原生林」といわれる。
しかし実際,ブナ林内には林冠木の枯死・倒木によって生じたギャップがかなりの割合(約20~30%)で存在するので,以外に明るい。

ギャップの形成は台風などの自然撹乱が原因で起こるものが多く,大木はど倒れやすくなる。
大木の中には,梢の先が枯死したり,幹が空洞化したりといった老衰化を示す個体が多くある。
これらは自然撹乱にも弱く,死亡率が高くなる。

ブナ林ではギャップの大きさは平均して50~200㎡,最大でも500㎡であることが知られている。
これは林冠木1~数本の樹冠面積に相当し,ブナの世代交代はこの単位で起きていると考えられている。

いつ訪れてみても同じような林があるため,その動きを実感することはなかなか難しいが,実は森林はダイナミックに変化している。
ギャップの形成される速度は,林の成熟程度により異なるが,1ha当たり1年間に0.6~1.1本(41~82㎡)といわれている。
このペースで林冠が新しい個体に置きかわっていくとすると,約100~200年で森の全体を一巡する世代交代が起きていることになる。

世代交代する若木たちは,ギャップの形成される前後10~15年の約30年間に発芽した個体からなる。
若木たちは光と養分をめぐる競争を行い,この競争に勝ち残った個体だけが林冠木へと成長していく。

ブナ林の更新過程

投稿者 kuromatsunai : 16:08

ササの一斉開花・枯死

このようにブナの世代交代は,林冠木の枯死と若木の生存競争により起きているが,ササが密に生える林床では時間が余計にかかる。

ブナ林の林床には,日本海側ではチシマザサかクマイザサが,太平洋側ではミヤコザサなどのササ類が生えている。
こうしたササ型林床のブナ林を歩いていると,ギャップが形成されても,ササ原になってしまい世代交代の止まった,ブナが存在しないギャップが見つかる。
ササの繁茂により実生の生育条件が悪く,更新を妨げられている。

ブナはササとの競争でかなり苦戦しているようだ。ササ型林床のブナ林でササが大面積に枯死すると,妨げられていた世代交代が各ギャップで一斉に進行する。
ササが再びもとの状態に回復するまでの20年程度の間に済ませる必要があるからである。
ササの一斉開花と結実後に起こる枯死は,60年あるいは120年に1度にといわれているが,古文書などの推定による場合が多く実態はよく分かっていない。

最近の研究によると,ササの1個体は数百mレベルの規模にまで及び,広い範囲にわたり地下で繋がっていることが分かってきた。
開花・枯死の現象が,個体の一部で起きているのか,多数個体で同調して起きているのか,これまで謎だったササの大面積開花・枯死の解明が待たれる。
しかし,こうした現象も200年以上も生きるブナにすると,一生のうちに1~3回も経験することになり,世代交代の障害にはならないと考えられている。

投稿者 kuromatsunai : 16:05

ブナ北限に関する様々な仮説

歌才ブナ林空撮

 温帯の標徴植物であるブナが北海道に上陸し、現在の黒松内低地帯に到達した時期については、花粉分析によりほぼ680年前と確定されている(坂口1989)。
現在、北限地帯のブナ林が北上を続けているのか、南下しているのか、若しくは停滞しているのかという問題を含め、ブナ北限の成立について、明治以降、幾多の研究者により様々な研究・学説が提唱されている。
これまでに提唱された主な仮説は以下のとおりである。

1 山火事説(本多1900)
 ブナは野火に弱いことから、石狩低地帯以南に生育していたものが、現在の地点まで後退したものとの推論。 気候的に見てブナ林の成立条件に問題はないことから、人為による山火事説による後退現象との理論付けは可能であるが、北限地域に位置する大平山においては標高930mまでブナ林が見られ、これを水平高度に置き換えると北海道全域がブナの領域となってしまい、そのすべてを焼き尽くしたとは考えられない。

2 種子分布歴史的沿革説(田中1900,南部1927)
 温度、風、湿度等では説明できないことに着目し、種子散布により北限に到達したとする説。
 最後の氷河期が終わって1万年が経過し、大平山や黒松内付近に到達して以降、平地帯における北上が停滞していたのか更に北上して行き何らかの原因により現在の地点に後退したのかについては、花粉分析等による今後の精細な研究を待たなければならない。

3 羊蹄火山群阻害説(古畑1932)
 地質と植生の因果関係は深く、随所で表層地質の違いにより植生の北限となっている箇所が見られることから、新生代第三紀に成立した羊蹄火山群の噴火がブナの北上を阻害したとする推論。
 この推論は、分布限界付近での寒暖といった気候要因以外に根拠を求めたところに特徴がある。
 しかしながら、羊蹄火山群の噴火のみによる壊滅的な打撃には無理があり、また、羊蹄火山群成立以降の第四紀洪積世(後氷期)の火山地域においてもブナの生育は見られることから、地質的な要因による北限の阻害説には難点がある。

4 降水量制約説(塚田1982、植村ら1983、武田ら1984)
 冷温帯湿潤気候の象徴的樹種であるブナの北限は、温度要因でないとすれば車乞湿要因ではないかとの推論である。
これによれば、ブナは水要求度が高く、生育の限界とされる降水量を満たしている黒松内の北には阻害(乾燥)地域があることから、北上分布が停滞しているというものである。
 しかしながら、黒松内以南においても乾燥土壌地におけるブナの生育が認められていること、及び現在・過去における温度と手並度の関係が欠落していることから、ブナ生育の制限要因である水環境をもってしても説明し難い。

5 気候特性反映植生配置説(吉良ら1976)
 北海道平野部の全域が気候的に見ればブナの生育可能範囲にありながら、黒松内をブナの北限とする理由として、大陸寒気団の影響を強く受けていることに着目し、冷温帯落葉広葉樹林(ブナ林)とブナ欠如型落葉樹林が成立するという日本国有の植生配置によるものとする説。
 この推論については、北欧においても温・寒帯の推移帯である針広混交林が見られることから、ブナを欠く冷温帯林の存在は、大陸的な冬の厳しい低温又は乾燥という現在の気象条件と関係が深いとはいえ、すべて説明のつくものではない。

6 ニッチ境界説(渡辺1985)
 温暖,乾湿等の物理的な環境要因をもってブナ北限の成立が説明し難いのは、植物の分布限界が物理的な環境要因ではなく、同じような生態的地位を持つ樹木の種間関係で棲みわけが生じているとする説。
 森林の構成を見れば、同一森林区域内であって肥沃で湿潤な場所を好む樹種と章乞燥している場所を好む樹種があるなど、おのおの棲みわけによる共存関係が成り立っている。
 ブナにおいても他樹種との優占層共有を排除する樹種であることから、同様の成立条件を持つミズナラ等との棲みわけが生ずることになる。
 ブナの北方への移動に伴い、湿潤気候下での種特惟が、混交林帯広葉樹(この場合ミズナラ)のそれと類似してきたため、両者は競争を排除する立場から生育領域を互いに分かち合うようになった。
 黒松内低地帯は両者の力が釣り合った状態ということになる。
 ただし、気候的な変動に伴い、将来この均衡は破れるものと考えられる。


【用語の説明】
ニッチ(生態的地位:ecotogicalniche)
 人間社会にたとえると、生活している場所が立地要素、職業がニッチ要素といえる。小さな町(森林にあっては寒噴・湿潤、地質等)であっても様々な職業に就いている人(森林では多種多様な樹種)が存在するが、例えば医者(この場合類似した種の特性を持つフ寸ナやミスヾナラに例えられる)についてみると、医者は、開業した地域の人口によって制約を受ける。医者としての職業が他の職業を持つ人の数によって制約を受ける。医者の職業を制約しているのは人口(資源)ということになる。この場合、内科医と外科医は
互いに専門の業を異にすることから、互いに棲みわけて、同一地域で生活することができる。要するに類似した種特性(ニッチ)をもつ2種が存在する場合、立地要素によって共存・排他の関係が生まれてくるというもの。

投稿者 kuromatsunai : 15:53

北海道の温帯領域とブナ北限

温帯の標徴植物であるブナの北限が、温帯と亜寒帯の境と一致するという見方は、北海道の石狩低地帯に温帯系の植物が広く分布し、かつ、気候が温帯域と同様なことから否定されている。
北海道の内陸部における高山帯植生を除外すると、亜寒帯の植生は釧路、北見海岸部に見られるだけである。
よって、北海道の温帯領域とブナの北限は一致しない。

投稿者 kuromatsunai : 15:52

ブナ林の構造

ブナ林の構造

ブナの森の階層構造は,上層,中層,下層,地表草本層(林床)の4つの層からなり,ぎのような構造になっている。

上層
全般的にはブナが多いが,土壌が乾燥している所ではミズナラが多くなる。
ハリギリ,ホオノキ,シナノキ,イタヤカエデなども混在し,沢沿いなどの比較的標高の低いところではトチノキも見られ、標高が高くなるとダケカンバの割合が多くなる。

中・下層
アオダモ,ヤマモミジ,ハウチワカエデ,ナナカマドなどが中層を形成し,下層は落葉性のオオカメノキ,ノリウツギ,エゾアジサイ,オオバクロモジ,ガマズミ,キブシなどと,常緑性のハイイヌガヤ,ヒメモチ,ツルシキミ,エゾユズリハ,フツキソウなど。
そのほかにチシマザサやクマイザサの群落がともなう。

地表草本層
樹木がまだ芽吹かない,早春の明るい光を利用するものと,芽吹いたあとの,弱い光を利用する草本とがあり,カタクリ,エゾエンゴサク,マイヅルソウ,チゴユリなどと,シダ類のヤマソテツやシシガシラが多く見られる。

つまり上層には一番多くの光が当り,下にいくほど光の量は少なくなる。
上層の樹種は日向を好む種類で,下層には目陰を好むか,日陰でも育つ樹木が生活していることになる。

投稿者 kuromatsunai : 15:49

ブナ林の草花

ブナの森の林床は,早春の樹木の葉が展開する前には明るい日射しが当り,夏には繁った高木の葉で暗くなり,秋には再び落葉の後で明るくなる光条件下にある。

早春に葉を開き花を着け,夏には眠りに入るカタクリはこのような環境下に適応しており,春の妖精植物として知られている。
キクザキイチゲなどニリンソウの仲間,マイズルソウ,ユキザサなども同じような植物と考えられる。
また,林床は密にササ類で覆われる場合と,そうでないことがある。
このササの有無が林床の植物の生育に大きく影響しているようである。
ササの密生する所では林床の草本類は種数が少なく,また高木の稚樹もなかなか生育しない。

ブナ林の林床には沢山の落枝・落葉が見られ,土壌表面近くに腐植層が発達する。
このような場所には,葉緑素をもたない,ラン科のツチアケビやオニノヤガラ,イチヤクソウ科のギンリョウソウなどが発生する。
これらの植物は地下部の菌根菌によって栄養を得ており,光合成を行わない。
したがって葉緑素をもたないギンリョウソウは白色で,別名をユウレイタケと呼ばれる。

投稿者 kuromatsunai : 15:46

歌才ブナ林

歌才ブナ林

位置 
寿都郡黒松内町字歌才北緯42°38' 東経140°19'

面積
92.43㌶

設定
保護林設定:昭和63年7月4日

趣旨
国有林野内において、我が国又は地域の自然を代表するものとして保護を必要とする植物群落及び歴史的・学術的価値等を有する団体の雑持を図り、
併せて森林施業・管理技術の発展、学術研究等に資することを目的とする。

設定事由
本邦ブナの自生北限地帯における代表的な森林として、天然記念物指定もされているなど学術上価値の高い林分である。

地 況
【標高】40~160m
【方位】E~NE
【傾斜】6°~3°
【地形】沢~峰複合 
【地脚泥岩質(黒松内層)
【土壌】褐色森林度(Bd)
【年平均気温】7.0℃(寿都測候所:過去12年間(S61~H9)平均.黒松内アメダスによる)
【年平均降水暮】約1,430mm(寿都淵候所:過去12年間(S61-H9)平均,黒松内アメダスによる)

林 況 
【主要構成樹種】ブナ58%、シナノキ14%、ミズナラ12%、イタヤ6%、カンバ2%、他L12%(他L:センノキ、キハタ、ヤチタモ、ウダイカンパなど)
【林齢】220~270年(推定)
【総蓄積】 約27,500m3(推定)
【㌶当たり蓄枕】302m3(推定)
【樹幹疎密度】中一密
【林内植生】別表参照

沿 革  
林野庁保護林制度の中において、昭和63年に「学術参考保凍林」として設定したものであるが、平成元年の見直しに伴い「植物群落保護林」に改称され、現在に至つている。

法 令  
史跡名勝天然記念物(文化財保護法(文部科学省) 鳥獣保護区特別保護地区(鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(環境省))

その他  
原生的な森林生態系からなる自然環境の維持、動植物の保書、遺伝資源の保存㈱能を重点的に発揮させる森林として「自然維持林」に区分し、各々の特色に応じて、保全すべき環境の雑持・形成を図るために必要な施業を行うこととしている。

投稿者 kuromatsunai : 15:44

白井川ブナ林

白井川ブナ林

位置
寿都都黒松内町字白井川 北緯42°42′ 東経140°23′

面積
20.00 ㌶

設定
保護林設定:昭和50年10月31日
保護地区穀定:昭和63年10月27日

趣旨目的
【保護林】最北限に近いブナ群生地で、形質的にも良好で、地理に恵まれている。
【保護地区】北限のブナ林として、その植生が学術上棲めて価値のあるものとして
保護することが必要な地区である。

地 況 
【標高】150~320m
【方位】E
【傾斜】20°/15°~30°
【地形】沢~峰複合
【地質】新生代第三紀層花崗岩質
【土壌】Bd

林 況 
【上層植生】ブナを主体として、オヒョウ=レ、イタヤカ工デ、シナノキ、ダケカンバ、アスキナシ、ホオノキ、トドマツなど
【中層植生】ブナ幼樹、ナナカマド、サワシバ、トドマツ幼樹など
【下層植生】ササが優先し、沢沿はアキタブキ、キタアザミ、ヨブスマソウ、ハンゴンソウ、峰通りはオオカメノキ、フツキソウ、ヨウラクツツジ、スゲ類など
【㌶当たり本数】500~700本
【㌶当たり蓄積】L:160m3
【平均直径】26cm(ブナ50%)
【平均樹高]20m/16~22m

沿 革 
明治39年模範林として圏より銀波され、明治45年当時より択伐施業地林分として扱われてきた。
昭和年代に2国程度択伐が実行されているが、ブナは群状に保残されている。
昭和50年、保辞林指定後は施案外地(現 特別施業林分)となっている。

その他 
水源かん養保安林、特別施業林分

投稿者 kuromatsunai : 15:43

ツバメの沢ブナ林

ツバメの沢ブナ林

位置
磯谷郡冊越町字名駒 北緯42°47′ 東経140°23′

面積
3.04ヘクタール

設定
昭和50年10月31日

趣旨
本邦ブナ生育地の最北隈で、植物生態学的にも重要な森林で永久保存を旨とする。

地 況 
【標高]550~620m
【方位】NW
【傾斜】25°/20°~35°
【地形区分】中腹~蜂
【地質】新生代第三紀層凝灰角礫岩質
【土壌】Bd

林 況 
【上帝植生】ブナ、ミズナラ、タケカンJて、シナノキ、.イタヤカエデなど
【中下層植生】オオカメノ辛が多く、ノリウツギ、ツノハシバミ、ヤマウルシ、ヒロバノツリパナ、ミヤマガマズミ、ハナヒリノキ、ホツツジ、ツルアジサイ、イワガラミ、ツタウルシなど
【林床植生]ササが優先
【㌶当たり本数】150~200本
【㌶当たり蓄積】L:136m3
【平均直径】26cm
【平均点高】17m

沿 革 
明治39年模範林として国より津波され、明治45年当時より施業外地として現在まで施業はなされていない。本林は、昭和12年6月28日道有林30周年記念として永久保存林に指定されている。

その他 
水源かん養保安林、特別施業林分

投稿者 kuromatsunai : 15:40

大平山のブナ林

植物は、気候等の環境因子による棲みわけとは別に、地質的な選択による棲みわけについても無視できない。
ブナは、特に石灰岩質の地質を好み、大平山はこれにあたる。

大平山は、ブナ北限地帯の島牧郡島牧村に位置し、標高1,190mの森林限界付近の900m付近までブナの生育が見られ、純林を形成している。
これは水平分布に直すと北海道全域がブナ生育帯を示すこととなる。
同じ北限地帯に存在する歌才ブナ林が標高100m程度であり、北限の水平分布についての研究がなされるのに対し、大平山のそれは垂直的な研究の題材として注目される。

また、ブナの純林としての形成はむしろ例外的なものとしてとらえるべきである。
表日本のブナは他の温帯樹種と優占相を分かち合う種間関係が見られ、裏日本のブナは日本海型気候の特色である豪雪という環境が他樹種を排除し純林を形成するに至ったと考えられる。

純林の形成に閲し、豪雪という要因と地質的な選択による好事例としては、大平山のほか、南限に近い九州中央山地,五家荘石灰岩地帯に見られる。(渡辺1990)

投稿者 kuromatsunai : 15:34

北限のブナの特徴

ブナの葉の大きさの地理的変異

 ブナの単葉の葉面積の比較をすると、太平洋側から日本海側、南日本から北日本のいずれの場合も大葉化が認められ、降水量の季節配分と生百高度の気温という環境傾度の複合という一定の生態環境に沿った連続的な地理的変異が明らかにされた。(荻原1977)

 また、一個体当たりの総葉面積は日本各地のブナにおいて差がない(NOMOTO1964)としていることから、葉面積と葉量の間には反比例の関係が成り立つものと考えられる。
 このことにより、西南日本の小葉多数型と東北日本の大乗少数型とに区分することができる。
 北限地帯のブナの大業型は、肥大成長、樹高成長ともに際だって速いことを意味し、融雪後の発芽時期に有利に働くこととなる。
 これまで、北限のブナは他地域のブナよりも生長速度は2倍以上との研究もなされている。
 他樹種との競争のほかに、生理的にも力学的にもいずれ限界に達するとすれば、成長の速い北限地帯のブナは他地域のブナよりも樹齢が短くなり、全地域の平均的な樹齢が250年であるのに対し、北限地帯のブナは170年前後と推定されている。(荻原1977)

北限のブナ林の特徴
 北限や上限といった分布限界域においては、樹木の成長は、その種の分布中心域と比較して衰えるのが一般的ですが、北限域のブナは限界域とは思えないほど樹勢がよい。

葉の大葉化
 ブナの葉は北限域ほど大きいということが知られている。
 融雪後の発芽時期にほかの樹種より早く開葉し、短い北国の夏に適応する。
 単葉の面積は、南限域の約4倍の大きさになる。

稚樹の一斉更新
 林内の遊歩道沿いや林周辺の林道沿いには、高密度の更新稚樹群(ブナの藪)が見られる。
 また、黒松内の「添別ブナ林」は伐採後に一斉更新してできた二次林で、細いブナが高密度で生育している。
 北限地域ではブナの更新適地の出現と結実年が重なれば、ブナが高密度で出現する。

まっすぐな樹形
 「歌才ブナ林」では、最大直径が136cm、最大樹高26mにまで成長している。
 下枝がなく、まっすぐに成長している。
 これは、高密度で更新したブナが、盛んな伸長成長をしたためと考えられている。

成長が早く、寿命が短い
 北限地域のブナは他地域と比べて成長速度が2倍以上の早さである反面、寿命が短いことが知られている。
 ブナの平均寿命の250年に対し、北限地域は170年前後と推定されている。
 実際、最北限のツバメの沢では、胸高直径が約80cmになると枯死していく現象が見られる。

投稿者 kuromatsunai : 15:28

ブナ北進の経過

ブナ自生北限地帯黒松内低地帯所在

 極寒期において北緯38°以南に存在していたブナ林は、最終氷期以降温暖化につれ、ブナの生育にとって好都合な条件が整ってきたと考えられる。
 北進の速度については、花粉分析による年代の推定成果によるところが大きいが、これまでのところ、自然散布による速度だけでは津軽海峡をどのように渡ったのかということひとつをとっても説明がつかない。
 そこで考えられるのが鳥類の食餌行為による散布である。
 また、鳥類による散布が行われたとしても、生理的な適応能力から、北に進むほど北進の速度は落ちていくものと考えられる。
 また、種間の競争関係によっても北進の速度は鈍化していったと考える学説がある。
 最近の花粉分析の成果によれば、函館付近におけるブナの生育は約5,300年前である(五十嵐1989)としている。
 これから判断すると、黒松内低地帯付近に到達したのは680年前(坂口1989)であり、ブナの樹齢を約200年とすれば、歌才ブナ林は現在3代目ということになる。(渡辺1990)

投稿者 kuromatsunai : 15:22

歌オブナ林奇蹟というべし

歌才ブナ林

 その日は、6月にしてはとても暑い日でした。木々の葉が濃い緑のトンネルをつくり、エゾハルゼミの声が降るように響く森の中を、2人の男が笹をかきわけ歩いていました。
 前を歩いているのは、山案内を請われた村人でした。農業のかたわら測量の仕事もしており、このあたりの地形については誰よりも詳しいのです。

 そのうしろを行くのは、年の頃は50なかば、限鐘に口髭、襟元にはきちんとネクタイをつけた紳士でしたが、足元はというと、はき古した山靴で、山歩きには慣れているようでした。

 山案内は、小高い丘の上まで来ると立ち止まり、前方を指さして言いました。「先生、あれが歌才のブナ林です。」

 そこには、白っばい幹がひときわ目立つブナの木が見事な純林をなしていました。高さ20メートル以上の大木がすらりと伸び、上の方にだけこんもりと枝葉を広げているのです。
 先生と呼ばれた男は、額の汗をぬぐいながら山案内の横に立ち、しばらくこのブナ林を眺めていましたが、やがて、「まるで北のヤシの木だ。」と、ため息をもらすようにつぶやきました。
 それから、山案内の方を振り向くと、満足そうな笑顔で「ここで昼食にしよう。」といい、その場に腰をおろしたのです。

 これが、歌才ブナ林と新島善直とのはじめての出会いでした。

 歌才ブナ林は、北海道後志管内黒校内町の市街地近くにあるブナの原生林です。
 温帯林の代表的な樹種であるブナは、大きな群落としては歌才ブナ林を北限として、黒松内低地帯付近より北では見られなくなります。
 昭和3年、この歌才ブナ林は、北限のブナ自生地として、国の天然記念物に指定されました。
 この選定にあたったのが、当時、天然記念物調査会の委員だった林学博士新島書直でした。

 北限のブナ林としては、歌才のほかに2つの候補地があったのですが、はじめて歌才ブナ林を訪れた新島博士は、その外観を見ただけで林相のすばらしさに感動しました。
 その後、新島博士は詳しい調査を行ない、調査会に次のような調書を提出したのでした。

後志国歌才ぶな原始林
ぶなの最北の分布区域にしてこの地以北に至りてぶなは明らかに消滅するものなり。
本原始林はほとんどぶなの純林にして黒校内付近に位置す。
本州より北上し来れるぶな林の極北端をなす森林にして、研究上重要なるのみならず、ぶな林の研究上においても、黒於内停車場付近にあるをもって至便なりと言うべし。
周囲はほとんど全く開墾しつくされたる土地中にかくのごときぶなの原始林を残留せるは奇蹟というべし。
よりて天然記念物として永久に保存し、植物学上の研究に利用すべきものなり。
(後 略)
大正11年10月

この新島博士の 詞書にもとづき、歌才ブナ林の天然記念物指定が決定したのです。



新島善直(にいじま よしなお) 1871-1943

明治四年東京生まれ。東京帝国大学林学科を卒業後、札幌農学校(のちの北海道大学)の教授となり、造林学、森林保護学を教えた。
また、野幌林業試験場の場長、北大農学部付属演習林長を兼任し、トドマツ、エゾマツの巷苗、森林害虫の防除などに功練をあげた。ドイツに二年間留学し、ドイツ人の夫人を伴って帰国、当時の札幌の人々を驚かせたという。
敬虐なクリスチャンであり、趣味も広く、特に短歌をよくし、ほとんど日記代わりに歌を詠んでいた。

投稿者 kuromatsunai : 15:17

危機をのりこえて

天然記念物に指定されたものの、歌才ブナ林はその後何度か伐採の危機に直面しました。

最初は、太平洋戦争末期の昭和19年頃、新島博士がなくなってまもなくのことでした。
この頃すでに戦局は悪化し、国内の物資は極端に不足していました。
鉄も底をつき、船や飛行機も木でつくるほかなくなりました。
江別市にあった飛行機工場で木製戦闘機が制作されることになり、そのプロペラ用の資材として歌才のブナが供出されそうになったのです。
この時は、北方植物の研究で著名な館協操北海道大学教授が、北限のブナの価値を強硬に訴えたため伐採計画は中止されました。

2度目は昭和29年、当時の村が、財政赤字を埋めるための財源として歌才のブナに目をつけ、天然記念物指定解除を働きかけた時です。
この話を聞いた地元住民の有志が、文化財保護委員会や衆議院議員など関係各所に、歌才ブナ林の恒久保存を訴える請願書を送りました。
その努力のかいあって指定解除は行なわれず、今日に至っているのです。

投稿者 kuromatsunai : 15:13

国際ブナ・フォーラム1993 in 黒松内」のプログラム「北のブナ林の地元から語ろう

国際ブナ・フォーラム1993 in 黒松内」のプログラム「北のブナ林の地元から語ろう
第1会場
漁業資源とブナの森

場所
北海道黒松内町総合町民センター

座長及びゲスト
黒松内営林署長 石井 晴雄
寿都漁協参事 山本 潤
島牧村企画課長 藤田 章
弘前大学教授 沢田 信一

石井(座長)
それでははじめます。私はこの第一会場で進行役を務めさせていただきます、地元の黒松内で営林署長をしております石井と申します。ここでは分科会といいますよりトークタイムということで堅苦しい議論ではなくて気軽に楽しく意見交換していきたいと思います。
第一会場のテーマは「漁業資源とブナの森」ということで山奥の森林から沿岸の漁業資源という非常に幅の広い大きなテーマですけれども活発な議論を続けていきたいと思います。まず全体の話題を寿都の漁協道事に提供していただきましてその後に皆さんの関連した発言をいただくということで進めてゆきたいと思います。

山本
ただいま御紹介にあずかりました、ご当地とは隣町の寿都の漁協に勤めております山本と申します。憶面もなくこういった席に座って多少、後悔しております。というのも私自身この寿都への赴任が浅いものですし、また準備不足も否めません。果たして皆さんがたのトークタイムの口火を切るのにふさわしい提言ができるのか不安ではございますがよろしくお願いします。
私どもの寿都町というのは江差追分でも謡われてございます、女人禁制の離別の地ということで知られている町ではないかと思います。この町の基幹産業は名実ともに漁業でございまして、サケ・イカ・コウナゴまたウニ・アワビ等が中心になります。最近の漁獲高は4,700~4,800トン、16億円前後で推移してございます。かつて寿都湾はニシンの漁の盛んなところということで当時の栄えた足跡は今でも残っております。ニシン御殿とか今日では及びもつかないような立派な倉庫、こういった建築物の中に当時の繁栄をうかがい知ることができます。ニシンは昭和30年(1955年)ぐらいにばったりと消滅いたしまして、当時にはピークで2万人くらいいた人口も時の流れに抗しきれない中で現在は4分の1以下の5,000人以下になって、過疎化の問題も心配なところです。
地形的には岩礁域が多く砂浜域がきわめて少ないのですが、岩礁地域ではアワビ、ウニ等が、砂浜域ではホッキ貝漁が行われております。さらに沖合いにいきますとヒラメ・カレイ・ソイ・イカ・タコさらにはホタテ貝のカゴ養殖漁も行われております。残念ながら近年沿岸域での生産量は減少傾向をたどっております。
この寿都湾に注ぐ生命線ともいうべきものが朱太川で、朱太川は河口域を除いてその大部分はご当地である黒松内町管内を流れ、本川流路の総延長43.5kmの中にアユ・ヤマメ等の淡水魚も数多く生息しています。寿都町漁協でも、水産庁北海道サケ・マスふ化場からの委託を受けて、サケおよびサクラマスのふ化放流事業を行ってきているところです。朱太川はスリ鉢状の盆地の中央部を流れる川で、支流も数多く、かつての流域周辺はブナ山だったと当時、樹木の伐採に従事した古老や猟師たちの証言も聞いております。
我が国の水産業は、国民の必要とする動物性たん白質の約半分を供給し、健康的(ヘルシー、セーフティ)でバラエティに富んだ「日本型食生活」の一翼を担う重要な役割を果たしてきておりますが、今後は「つくり・育てて・とる」沿岸漁業の振興を図っていくうえからも、河川や沿岸海域等での良好な自然環境が維持されることが不可欠の要件となっています。
近年、日本海全域に「磯やけ現象」という海の砂漠化が顕著に現れ、今後はこれらの原因の究明や、あるいはブナと酸性雨対策、魚付き林の育成、生活雑排水や畜産公害、アウトドア指向にともなう自然破壊やゴミの不法投棄、機能優先の公共工事、広葉樹林の減少などなど、良好な自然環境を維持していくうえでの課題も数多く、これまで以上に「里山のマチ」黒松内町と「海のマチ」寿都町は、ともに自然の恵みを享受する町として、相互に情報を交換し合い「自然にやさしい地域づくり」を実践していくことが重要であると提言いたしたいと思います。
海に生活の糧を求める寿都町の漁民として「魚付き林の育成」「河畔林の保護」ブナ林に代表される「天然林の育成・保全」を切望するとともに、これらの事業展開のためには「物」「心」両面にわたる協力・支援は惜しまないものです。なお漁協婦人部では木を植えて魚を増やすということで植樹もしており、町内の造林事業を営む方の助成も行っています。非常に要望のみ大きくてやっていることは少ないのですがぜひ黒松内町に頑張っていただきその時には我が町や漁協にも呼びかけていただきたいと思います。

座長
漁業は日本型食生活の一翼を担っていますが、その沿岸漁業を守るためには上流からの自然環境を守ってゆくということが大切であり、その為には里山のマチと海のマチの協力が大切であるとの提言でした。それでは柳沼さん何か、お話ししていただければ。

柳沼
道漁婦連では30周年を記念して植樹しております。今年で20万本を植えています。「浜の母さんが山へ出かけて木を植える」ことの意味や意義は大きいということを是非ご理解いただきたいと思います。黒松内町の方々が植樹を行うことは大変うれしいことです。寿都の魚はほとんど森のおかげと言っても過言ではなく、湾の魚は森のめぐみです。

座長
どうもありがとうございました。森のめぐみは海のめぐみでもあるというお話をいただきました。ご出席の皆様も是非、時間の方も限られておりますので発言をいただければと思います。

参加者
自然をもとにもどすという考えを持った人が集まることは大変よろこばしいことと思います。しかし植林を行う上で道や国の政策が大きく関わってきます。120町歩の植林をすることについてもどうしても針葉樹が中心になってしまい、関連町村が一体となって広葉樹を植えてゆこうとしてもそういった資金的な問題もあり進みにくいのです。町村の協力で道や国を動かしてゆかなくては、育ちの早い木を育てて炭鉱を支える時代は終わったのだと思います。

参加者
是非、営林署の方々の本音を聴きたいと思います。なぜ天然林を切るのかというようなことをです。

座長
ありがとうございました。まず最初の方は植林の際には国や道の針葉樹一辺倒の政策の融資には問題があるのではないかというお話でした。あとの方はなぜ天然林を切るのかというお話であったかと思います。
こういう席でお話させていただくのはどうかとも思いますが、営林署では山を4つに区分しております。そのうちのひとつがまず国土保全の為の森林、次が自然を維持するための森林、レクリェーションのための森林、それからいわゆる木材生産のための森林、これはもっぱらその機能を発揮するために森林を分けて管理しているわけです。ですからむやみに天然の木を切っているわけではなくてそれぞれの機能にあった森を伐採しています。
黒松内の営林署に関していえば木材生産林は全体の数パーセントにしかすぎず、択伐、抜き木というものですけれども自然に対するインパクトというのは非常に弱いのではないかと思います。ですからこうしたことを理解して頂けると営林署がむやみに天然林を切っている訳ではないことが分かっていただけるかと思います。お答えになったでしょうか。

参加者
 では保安林は切っていないんですね。

座長
 保安林というのはいろいろな保安林があります。その中でそれぞれ切っていい保安林と切って悪い保安林があります。法律で保安林の指定する意義に沿った森の管理の仕方をしています。

参加者
 水源管理はどの役割の保安林で担っているんですか。

座長
 いま申し上げました4つの機能区分というのはすべてについて水源涵養機能を果たしています。面としての森林が存在するのでそれぞれ水源涵養林として機能を担っているのです。

寿都町町長
 針葉樹、広葉樹のですね、それぞれが環境に与える影響についてお聞きしたい。針葉樹は広葉樹に比べると、というようなことを是非、分かりやすくお聞かせ願いたい。

沢田 
 まず一番はじめにいえることは今の漁業を考えた場合、この魚にとって栄養分の元になるものは川から来るだろうということになります。そのもともとすんでいる魚にはもともとの自然の森林がいちばんいいんだろうと思います。しかし営林署の方で針葉樹の方が高く売れるだろうということでそこに針葉樹と広葉樹の差が出てくるのだと思います。
 よく新聞をにぎわしているように台風のときの水の出かたにも針葉樹と広葉樹の根の張り具合とかで違いもあるでしょう。酸性雨の問題にしましても降ってきた雨が針葉樹の林に降ってきて土壌に流れる場合と、広葉樹の林に流れる場合とでは確かに実験上ではph濃度は広葉樹に流れた方が中性に回復するということがあると思います。やはり針葉樹に比べると広葉樹の方が、ブナだけではなくてその他の樹種やあるいは林床にも、雑草というか非常に多様性のある植物が生えています。そういうところからの養分の出方などもかなり違っていると思います。そういう違いは大きいと思います。できれば自然のままで漁業が支えられるような、もとの栄養源とかが流れるような川が流れるべきだと思います。一方で人間というのは木の住宅も作らなくてはならないし林産業というのも厳然としてあるし、人間が自然と調和してゆくためには針葉樹というのもある程度必要だとも思います。
 大事なのはどれぐらいのものを植えたらいいかというデータがきちんと出ていないということだと思います。どのぐらいの割合でしたらいいのか、伐採の方法などもそうとう昔から寿都湾のまわりで森林を切っていたと思います。私がおります弘前の岩木山ではブナ林は二次林でいままで何度も切られております。切られてもちゃんとブナが生えてくる林なのです。それは半世紀前から今の時代になって営林署に管理が移りますと、どんどん奥へ切って行きますし切ったあとにブナが生えてこない。同じように切っているんだけれどもブナが生えない。それは切りかたがぜんぜん違うんですね。ブナの林だと稚樹があって特に岩木山のようなところだと冬の間に木を切る。秋なり冬なりに切って雪の上をすべらせて外へ出す。そうしますと稚樹は残りますよね。そうすると林はまた再生してゆく。ところが今は集材やなにかにブルドーザーを使う。急激に一度に大きな面積を伐採する。非常に厳しいというかハードな切り方をする。すると林床のこの次を担う植物が残らない。そうすると今の杉を植えたりするような拡大造林が強くされないような時代になってももとの森林は戻りにくい。そういうところはササ原になってしまったり、土砂が流失してしまったりする。土砂が流失するというのはもう一つ、川と海あるいは森・川・海の関係で見てみれば海にいる生物にとっては、つねに良好な水と断えないでゆっくりと栄養分が流れてくることが必要なんです。それが急に土砂とともにどっと流れてしまう。あるときには林がなくなってしまい栄養分が流れなくなった。そういう自然のミネラルとかの供給が途絶えたりコンスタントに流れてこないというのは非常にまずいと思います。そういったいろんな問題が含まれていると僕は思います。

座長
 今のお話について何か御意見、御質問ある方いらっしゃいますか。

参加者
 私は函館で理科の教員をやっているものです。実は道南の海草はすべて標本としてもっているのですが、近年いってみますと驚くほど少ないんですね。ある種によっては絶滅したのじゃないかと思います。
 例えばヒトエグサの仲間などは皆無に近いです。それだけ水がだめになっている。海草は確実に少なくなっています。ただ陸の植物のように生態調査はしていませんから数量的にはいい表わせませんけれども。函館の場合、漁業のマチでもあるし海岸に接している面積も多いところですから海草の標本も採取しつづけています。しかし25~26年前に比べるとまず海は死にかかっているといってもいいと思います。
 ホンダワラ、アワビ、ウニが豊富だった海が今はまず海草が少ないです。アワビ、ウニの飼料になる大切な飼料が皆無に近い。問題になるのは私有林が針葉樹に変えられていくわけですから杉をつくらないで広葉樹をつくる地主には、国がある程度を保障するという発想に転換してもらわなければならないところまで来ていると思います。営林署はもうけるために自然林を切る必要はないと思います。公有林だという考え方があるならば国と相談して広葉樹を植えていってほしいと思います。

沢田
いまのお話ですと営林署が悪者になってしまうということで、弁解させていただきますと、林野庁というのは独立採算なんですね。いわゆる木を切って売る。戦後の日本復興のために非常に木を切った。またそういうことのために営林署で金になる木を積極的に植えた。その為に原生林なり天然林なりを切り替えていったそういう過程があったわけです。それが今、何兆円でしたか林野庁は赤字の真っ赤なんです。切ってももうからない。また切ったあとの管理もできない、そういう現状なんです。
日本の林野庁というのは経営というか経済というのを基盤にやってきた。今ここで、その森林のあり方や今後の目的を林産業として持たなくてはいけないと同時に、随分まわりが変わってきているわけです。
例えば地球温暖化による炭酸ガスの問題、水の問題等いろいろ取りまく状況が変わって来たわけです。こういうことは営林署が一生懸命やっていてももうからないんですね。赤字が増えてゆくばっかりで。そういう中での、地元の人たちと漁業の人たちと営林署の人たちだけという地元の問題ではなく、国単位の問題だと思います。それを林野庁だけの独立採算だけでやれというのは無理があると思います。
 これからは地球をどうするかという問題になってくるのですが、林野庁・営林署の役割も変わってきて、それを担ってゆける国民的コンセンサス(合意)の中でお金をかけてゆくということが重要なことになってくるかと思います。

石井
 現在は国有林に関していえばほとんど針葉樹を植えていない状況にあります。択伐についても低い率で木を抜いてそのあとは自然の力を利用しています。まったく元に戻るということはないとは思いますが、天然の元に戻ろうという力で森林の回復を図っているのです。

参加者
 民間の山林はほとんど内地の業者が多くをしめています。だから規制や植林がうまくゆかず困っています。できたら切り方に規制を設けて欲しい。根こそぎ切ってしまってプルドーザーで運ぶ。山を畑に起こしたような状態で作業しているわけです。だから東京の業者が入ったあとは”キレイ”なものです。そして集材するのにブルでそこまで道をつける。一雨ふれば表土が黄色くなるくらいまで土壌が流れてしまう。これをなんとかしていかなければならないと思います。

参加者
 明治維新の時に森をきちんとしなかったことのツケが今きているとおもいます。50~100年先のことを考えて今、3分の1を占める私有林を買いとってゆくべきだと思います。

柳沼
 20万本植えたといっても私の髪の毛と同じ、微々たるものです。是非、植林への補助事業をトドマツ・エゾマツだけではなく広葉樹を含めたものにしていってほしい。そうすれば全国の母さんたちも広葉樹を植えてゆくと思います。

沢田
 来年の天皇陛下の植樹はブナを植えるのだそうです。今まで営林の為の針葉樹ということだった。時間はどれくらいかかるか分かりませんがこれからは価値観を変えてゆき徐々に補助体制を変えてゆくことが重要だと思います。

石井
 今日は本当にありがとうございます。ここでご意見が尽せなかった分は是非、交流会にてもっと深めていただけたらと思います。ありがとうございました。

投稿者 kuromatsunai : 15:05

ブナの森と食文化

国際ブナ・フォーラム1993 in 黒松内」のプログラム「北のブナ林の地元から語ろう」
第2会場
ブナの森と食文化

場所
北海道黒松内町総合町民センター

座長及びゲスト
   黒松内商工会経営指導員 今井 寿光
   島牧村村長 永井 政一
    寿都町農政課長 斉藤 信一
北大大学院地球環境科学研究科 ガリー・ピラー
   青森県西目屋村職員 西沢 一司


今井(座長)
 それではそろそろ始めます。
 提言者を始めとして皆さんにブナ林の魅力についてお話しいただきまして、ブナ林を観光資源としてどう活用するか、どう活用する可能性があるのか。そういった話を伺いたいと思います。あるいはブナ林を観光資源として活用する際の危険性などについても研究していただければと思います。今日は皆さんからテーマに沿った課題や問題それから意見等をいただきまして、明日開かれますシンポジウムで論議いただく、いわば材料を提供するのが、この分科会の役割だというようなご理解をいただきたいと思います。なにぶん時間が限られておりますので、意見を集約するとかあるいは結論を導き出すといったところまでは、この分科会では求められていないという風に考えて進めさせていただきますのでよろしくお願いします。
 それでは提言者とアドバイザーをご紹介させていただきます。提言者としてテーマに沿った課題を提起いただいて、事例等の発表もいただきたいと思いますが、当町の歌才ブナ林よりも、もっと広大で立派なブナ林を持ちます。隣村の永井島牧村村長です。

永井(島牧村村長)
 どうぞよろしくお願いします。
 
座長
 次に皆さんの質問や意見に対して助言や解答を下さいますアドバイザーとして、始めに北海道の大学院で地球環境科学を研究されておりまして、ブナ林を重要な研究テーマともされていらっしゃいます、ガリー・ピラーさんです。

ピラー
 どうぞよろしくお願いします。

座長
 ガリー・ピラーさんはもちろん日本語は大丈夫ですのでご安心いただきたいと思います。それからもうひとかた、有名な白神山地の入り口に位置します青森県西目屋村役場の職員で、白神山地の担当されていらっしゃいます、西沢一司さんです。

西沢
 よろしくお願いします。

座長
 記録につきましては、寿都町の斉藤農政課長さんにお願いします。


斉藤
 よろしくお願いします。

座長
 それでは早速、島牧村の永井村長さんよりご発表いただきたいと思います。よろしくお願いします。
 
村長
 ご紹介をいただきました、島牧の村長をいたしております永井です。このトークタイムでは「観光資源としてのブナ」というテーマになっているわけですが、15分から20分という時間を頂戴できるそうなので、その中でお話ししたいと思います。
 島牧村は、ご存じの方も多いかと思いますが、簡単に申し上げます。まず沿岸線が約50kmあります。市町村としての沿岸線は全国でも長い方です。釣場を求めて道内外からおいでになる方も多くございます。沿岸線が長いだけに7つの漁港をもっております。総面積は437k㎡となっており、北海道では212の市町村のうち55番目ぐらいの広さです。後志管内では蘭越町がトップなんですが、これと少しの差でほとんど肩を並べるくらいの広さをもっています。このうち森林面積が約400k㎡。細かく言いますと、93.8%が山であり森林です。面積が広いだけに後志管内では、黒松内と寿都町が隣接しております。また渡島管内では長万部町、桧山管内では今金、北桧山、瀬棚と6町が島牧の土地に連っています。
この島牧を含めた7町村が約10万haの国有林を取り囲んでいます。いわば海あり山ありまた温泉ありという風なところで、戦後の乱伐期がありましたが、おおむね自然がそのまま残っているところと自負しているところであります。狩場山(1,520m)をはじめ大平山などの山岳地帯が多くの面積を占めており、千走川、泊川、太平川、折川の4本の大きな川があります。この上流はいずれも渓谷の美しさで知られております。しかし何といっても狩場山のふもと、千走川の上流に位置している賀老の滝は日本名 百選随一の景観を誇っており、訪れる人も年々増えています。ブナ林につきましては狩場山、太平山をメインに広く分布していますが、特に狩場山の山塊のブナ林は10,700haでこれは環境庁の緑の国勢調査においてランキングナンバー1に位置付けされており、全国一です。全国的に有名なのです。この中に狩場山自然休養林1,648haはほとんどブナです。ブナの遺伝資源保存林154haなども設定されており貴重な資源として伐採を禁止して保存されています。北限のブナ帯としては最大の規模を誇っているということです。ですから島牧においては観光資源としてのブナの位置付けは狩場山、太平山の登山に加えて広大なブナ林と賀老の滝との組み合わせになると思います。海の方は今日は除かせていただきます。
私は賀老の滝あってのブナ林であり、ブナ林あっての賀老の滝であると思っています。私は村長歴が非常に浅く、まだ今年で6年なんですが、就任以来この賀老高原のブナや賀老の滝に魅せられていまして、何とかしてこれらを活用して地域の活性化を図りたいと思っています。島牧は過疎地ですので、人口は少なくても1人1人の住民が豊かになることを念じております。やはりこれには観光人口の流入を図ることが第一だろうと思い、まず始めたのは、賀老の滝への道が非常に難儀だったので急斜面に階段状の遊歩道を設置しました。今日おそらく何名かこの中で、滝の方へ行かれた方もいると思いますけれど、その道をつくりました。これは木の伐採をせずにつくりましたのでほとんど人力です。上の方の、木を伐採しなくてもいい部分はコンクリートで階段をつくっていますが、コンクリートのなくなる部分からは全部擬木と砕石といったようにすべて人力運搬です。従って展望台も全部組み立て式で人ではこびました。かなりお金はかかりましたが、まずは木一本も切らずにそんなことをやりました。
 それから、国道から滝への駐車場がありますが、駐車場まで14kmあります。これを一昨年の11月に全部舗装化して、これによって効果てき面といいますか、昨年は10万人を超える滝の観光客が訪れています。今年はご存じの通り7月12日に北海道南西沖地震が発生して、後志管内では島牧が1番の被害を受けたわけです。これは奥尻島に次ぐ被害で、8人の尊い犠牲者を出しました。150戸の人家、200隻の漁船が損傷しましたが、おかげ様で今3ヶ月に入ろうとしてほとんど復旧しまして、平穏を取り戻しております。いつまでも震災でめげてはいられません。
今月17日の日曜日に、賀老の滝周辺のブナ林は紅葉の最盛期をむかえます。全山ブナの黄葉が見られるのです。北海道には24の村がありますが、この時期にこの24の村が一年に一度「むらこん」、村の懇談会といいますか、そういうものを開いておりまして、今年第7回目で、ラッキー7と私は言っていますが、これを島牧で開催することにしております。ブナの黄葉と賀老の滝をメインにして「むらこん」を島牧で開催する予定だったのを、震災が起きたために取り止めにすることにしていました。しかし、復興第一段にしたいということで行うことにしました。
当面、賀老の滝の入り込み人数は、国有林とも提携して森林リゾートの基本計画ができているのですが、それで30万人程の入り込みを見ております。国と村が協力してこの地帯の入り込みを図っていこうということで、俗な建物はあそこにはひとつも建てないということにしています。賀老の滝の周辺はブナの原生地帯になっておりますので、去年は国有林の方にお願いして橋桁40mの吊り橋をつくっていただいて、今年は取付道路を年内に完成することになっていますので、この2,3日中に着手するはずです。ブナの原生林内に2.5km程度の周遊コースをつくりまして、そこに賀老の滝を下に見下ろせる展望台を一ヶ所つくりたいと思っています。場所は遊歩道をつくってみた結果によって適地を選定したいと思っているんです。その希望としては、身体障害者の方は今の階段では滝のところまで行けませんので、今回つくった吊り橋の取付けでは車イスで行けるようなものにしたい。しかしこれはずいぶん営林当局の方からクレームがついたのですが、何とかお願いして車イスで周遊できるようにしたい。そして近い将来展望台をつくって、そこから身体障害者の方も賀老の滝を見学出来るような環境をつくりたいと思っております。また、それが実現したあかつきには、全国の身体障害者を呼び込んでいきたいというような計画をたてております。
このようにいろいろなことをやっておりますが、この滝をメインにまだ4,5年はかかると思いますけど、長期的に森林公園としての整備をし、」約一千町歩ある賀老高原の高台の自然をそのまま温存したいと考えております。滝という字はサンズイに竜とかきますが、昔から老竜人の住むところと言われております。そこで滝の上の方に竜人の伝説記念碑をつくりまして、きのうの10月1日に除幕式を行いました。それは信仰の対象と言うよりも、ここは聖なる地である、竜人の守っているところである、ということで観光に来られる方の向徳心に訴えイメージアップを図りながらゴミは自分でお持ち帰りいただく。近い将来はゴミ箱等は全部撤去して自分で出したゴミは持ち帰っていただこうという作戦です。30万人から将来50万人の人がひと握りのゴミを落としていっても莫大な山になってしまします。そのようなことが竜人の碑を建てたねらいでもあるのです。また一番大変なことなんだろうと思うのですが、この一千町歩の大地を自然そのままにしておくために半分は村有林なのですが、民有地も点在しております。そこで500町歩ぐらいを今年から買い始めております。今年はすでに50町歩買いましたし、明年は380町歩ぐらい買いたいと思ってます。3,4年で全部買ってしまいたいと考えております。ねらいといたしましては自然をそこなわさいように措置し、賀老の滝とかそういうところでは管理経費がかかりますが収入は何もないわけで、地元では漁村ですし新鮮なグルメを楽しんでいただきながら温泉、スポーツ施設、宿泊施設などの整備によって滞在型の保養地の立地を図りたい。
いずれにしても地の利を生かして果てしない夢を描きながら、今は土台づくりに専念しているというところが実態であります。賀老の滝を取り囲むブナの原生林はすべて伐採を禁止しておりますので、年々蓄積が増え半永久的な貴重な村の資源になると考えております。黒松内町においては北限のブナの里づくり構想とその実践が進んでおり、この国際ブナ・フォーラムにつながっているわけですが、率直に申し上げまして本村から見ますと、ブナ資源活用の先行的な投資をしていただいていると受け止めております。その先見性に深く敬意を表したいと思っております。これから高速交通体型の時代の到来をにらんで、新幹線、高速道路など、これらの観光客の流動的なことを考えながら攻撃的な視野に立ち、黒松内町、島牧村のそれぞれの地域の相乗的な効果をねらい相携えてそれぞれの地域の活性化を図って参りたいと考えております。
まだいろいろ申し上げたいこともございますが、一応ここでくぎらせていただきます。

座長
どうもありがとうございました。永井村長から、ただいま一千町歩に渡るブナ林や自然を損なわないように開発し、しかも障害者にも配慮した開発計画をうかがいました。またゴミ持ち帰りというユニークな作戦も立てられているようでして非常に感心して聞いておりました。これから皆さんにご経験、御質問をお受けするわけですが時間が限られております。なるべく多くの方からお話をうかがいたいと思いますのでて手短かにご発言お願いします。また発言の際は手をあげていただきましたらマイクをお持ちしますのでよろしくお願いします。どなたかご発言はございませんか。村長さんへ質問でも結構です。

参加者
 質問させていただけますか。札幌から来ました小山と申します。手短にすませますが、実は村長さんとは2年前に美唄市にある道立林業試験場で森林インストラクターの研修会でお会いしております。
 村長さんは島牧村を代表して一人の職員をお連れになり、自ら研修に参加していて、一緒に2泊3日研修を受けたんです。私は行政の長という立場にありながら、率先して自然観察というか森林インストラクターの研修をお受けになるというその姿勢に本当に感動しました。以前にも知床全国フォーラムというのに参加したら、東北のある町の町長さんがお見えになり、ほうふつとしました。その町は上流にブナがあるということで、上流の森が豊かでなければイネも育たないし、その時は海の話もなさっていました。最近そういう方が日本の地方の行政の中から増えてきたということに感動いたします。それで今日もそのように行政が進んでいるということを認識しました。
二町一村の国際ブナ・フォーラムは広域といってもいいのでしょうか。その協力のもとになされているんだという行政的な姿勢が感じられます。これは島牧だけではなく黒松内もそうです。私は学校の教員をしているのですが、社会科の教員として子供たちに現代社会とか地理や世界史を教えていく立場の中で、一教員としてそのような点を考えると、非常にたくさんのお土産をもって教育現場に帰れるということで参加したことを喜びたいと思います。
質問なんですが、トイレが非常に立派なトイレでボタンを押すとちゃんと水が出るのですが、失礼ですがこれは浄化式なのかということが一点。あと滝まで行く林道の自然林のコースに非常に適切な植物の案内板がありますね、これは非常に難しい面があると思うのですが、例えばもし心ない人がいたら、案内をしたことでかえって咲いている花をとっていくということを促す危険性があるのではということがもう一点です。私は方向性としてガイドブックというのが今たくさん出ていますが、これも心ない人には便宜性を与えてしまうのではないだろうかと思うのです。しかしこれだけ情報の集まっている時に、いいものはみんなで観察し守っていくとく姿勢の中で、そのようなガイドブックや花の散歩道を出されている著書の姿勢なども、精神的な問題だろうと思いますし、素晴らしいことだと思っております。そのようなことに対する姿勢がありましたら教えていただきたいと思います。これは余計なことですが安山岩の柱状節理がありましたので案内板を出すといいと思います。急勾配を下がっていく階段のところですので景観の点や危険性の面、また滝に集中していただきたいということであれば、そういうのをつけるのはかえって余計かもしれませんが、ちょっと気付いたものですのでご報告まで。

座長
ありがとうございました。3ヵ町村でこういったフォーラムを開催するということで、主催側が涙を流しそうなくらい褒めていただきましてありがとうございます。それでは永井村長ご質問にお答え下さい。

村長
さわやかトイレは大きい駐車場に去年完成したのですが、去年の秋に設置して今年の春からオープンしました。簡易水洗になっておりまして浄化槽を設けております。今までは水量が少なくてすんだのですが、だんだん多くなりまして水圧がなくなってきたので明年度水源地をもっと高いところに持っていって、水圧と水量を確保するために一億円かけて行うつもりで、きれいな水を豊富に使えるようにしたいと思っております。
あそこは車止めして歩いていただいてますが、あれは去年からでして、10万人も超えて来ますと車がパンク状態になってしまいますので今年からは歩いていただくことになりました。それから看板の件ですが、まだまだ試しにやっている段階で、看板によっての盗掘はあの滝の周辺に限っては、ほとんど切れ間なく人がいますのでそう大きな被害はないと思います。また監視員を常駐させておりますので、常時見ておりトイレの掃除などもしておりますのであの周辺に限っては大丈夫だと思います。むしろ狩場山の登山者などの方が心配でして、看板があるからというわけではなくそのような被害は若干あると思います。ただ、滝を見に入る方というのは滝だけを見に来るんですね。ブナなど見てないのです。それから通り道の植物もあまり見ていない。ですから車止めして滝までの間少しでも注意をしながら歩いて、これはナナカマドだとかこれは何だろうと見る。そして滝を下る時も、それこそ原生のブナ林の中を階段で下っていくのですからこわいこわいとばかり言ってないで、こわかったら休んで、滝の音を聞きながらブナの肌や太さや渓谷のたたずまいに耳をすませたらいかがでしょうか。私は10分で下って10分で上ってくるものですから、もう慣れてますが、そうするとこわさというのがないのです。忘れてしまって自然に上がってきてしまう。そういった教育をしたいと思っています。
本当は30万人も入るようになると、専門のインストラクターを付けて説明をしたり山の大事なことや先程お話にありました地質、狩場山の起源などを勉強したりして案内出来れば、こんな楽しいコースはないと考えております。今のところは、私自身は森林インストラクター的なものに非常に重要性を感じておりますし、職員の養成もしていますがまだ間に合いません。そこで私は村長をやめてインストラクターをしたらいいのではと言われますが、なかなかやめさせてくれないものですから……。ちょっと加えますと、車止めしたところから滝の方へ下りそこから上がっていきますと先程申し上げた竜人の碑のところに出ます。そこは豊富な炭酸水の岩清水が出ています。そこから、これも先程言いました国有林の吊り橋を渡り巨木ばかりある本当のブナの原生地帯へ入る。というそこまでの周遊道路を明年からの3ヵ年計画でつくり、その道路は舗装化します。そしてそこは歩かない人はシャトルバスを出し、どこでも乗り降り出来るような、そんなものをつくりたいというのが私の願いです。そのシャトルバスから降りてから歩くだけのコースでも、吊り橋を渡ってから2km半くらいあるので、ゆっくりとお楽しみいただく構想を立てております。
だいたい5ヵ年くらいで周辺の土地買収、滝周辺の公園整備を終えたいと思ってます。そうなったら胸を張って全国から人が呼べる、そうすると地元に相当な波紋を起こして、賀老の滝まで30万人、50万人という人が来れば、途中黒松内あるいは寿都を通ってきますし、また瀬棚の方に抜けていったりする。そのようなことで流通して行き、賀老の滝を核にして交通体系も変わり、観光客の来かたも変わってくるんじゃないかと思っております。

座長
どうもありがとうございました。早くも予定した時間も残すところあと10分になってしまいました。

村長
なんかおしゃべりしちゃって……進みたりないですね。

座長
司会者の方も村長さんの話を面白く聞いてしまいました。もうひと方ぐらいから、テーマにあります観光資源としてのブナ林について、ご意見ありませんか。はい、どうぞ。

参加者
一般参加の橋本です。今、こういったブナ文化などの自然博物館などの構想はありますか。

村長
島牧では今のところ考えていません。なぜかというと黒松内でブナの博物館をつくってくれているんです。うちでお金をかけなくてもいいんです。ここで世界のブナから何から見ていただければ、それでいいのではと思います。ただ、一千町歩に及ぶ森林を保存するわけですからあまり建物は建てたくありませんが"、自然体験をする場所はつくりたいです。例えばキノコの森だとか、いろんなことを考えております。

座長
ありがとうございます。ブナセンターという施設が黒松内にございまして、この分科会が終わるとこの会場の前からバスが出ますので是非ご覧になっていただきたいと思います。今年7月にオープンしたばかりで十分な形は揃ってないとは思いますが、いち過程の段階としてみていただければと思います。せっかく助言者としてお二方をお招きしていますので、ガリー・ピラーさんはこの3年ぐらい黒松内に興味を持たれて、主に島牧方面のブナ林で研究を続けてれております。そのブナ林の魅力についてひとことお願いしたいと思います。

ピラー
この3年間、賀老の滝のすぐそばで研究をしました。その間でいろいろな設備が目の前に発展してすごく感動しました。英語で今流行ってる言葉があります。”Thing globally Act locally”日本語で直訳すると「地球規模で考えて足元から行動する」です。島牧の活躍を見ていてまさにその通りだと思いました。森林を保護するための一番難しい点は経済面だと思います。でも観光で森林そのままを使うのであれば、それは一番いい方法だと思います。この3年間島牧の活躍を見て、私はオーストラリアに帰ってからこのようないい例を教えたいです。

座長
 どうもありがとうございました。それでは青森県から来ていただいた西沢さん。

西沢
 うちの方の白神山地のことで若干お話ししたいと思います。皆さんマスコミなどを通じていろいろご存じかと思いますが、今日も会場のロビーに紹介するようなものがあるのですが、俗に言う白神山地というのは正直言ってほとんど一般の方が入れるような場所ではありません。ですからテレビや写真のものは、山の中に1週間とか10日の単位で宿泊して、本当の自然の姿を写しているのが現状です。
 しかしそういうものを見た方から問い合わせがあるのです。観光バスから降りてすぐブナ林の中に入りたいとか革靴やハイヒールのまま、すぐブナの林を歩いてみたいという問い合わせが今すごく多いんです。一日平均10本から20本のそういった問い合わせの電話があるので、うちの方としても臨時職員を一人雇って応対する時期もあったぐらいです。それでもどうしても見たいという方が多いので、けもの道のようなところで1時間ぐらい歩けるコースをセットして、そのコース内には当然樹齢150年から200年近いブナの木もまだ残ってますのでそこで勘弁してもらってるのが今の現状です。そこを歩いただけでも東京などに帰り白神のブナを見てきたよと言っても間違いではありませんので。やはり遭難者が年間1名から2名ぐらい出ますし、そのくらい険しくて地元の方でもほとんど入るような場所ではないのです。
私も去年初めて入ってみたのですが、広い川をずっと登って行って、4,5時間ぐらい川なりに歩いて行き、最後の一滴がなくなってからまた1時間ぐらい山を登り、尾根をさらに1時間半ぐらい行く。だいたい5時間から6時間ぐらいでちょうど中腹に着くんです。そこから頂上までは竹薮でほとんど歩けないような状態の険しいところです。
このようになかなか白神山地という言葉に対して、こちらで観光客の受皿がまだ出来ていないというのが実情ですし、皆さんがどのようなところを想像しているかわかりませんが、地元の人でもあまり入るようなとことではない、ということをご紹介いたしました。

座長
ありがとうございます。予定より5分早く終われという指示があったのですが、先程のアナウンスによれば5時15分まで残すところあと1,2分です。本当に十分な時間がとれませんで、トークタイムと言いましても助言者のお二方に一言ずつお話しいただいたのと、2名の方の参加者のご意見をうかがっただけで終わらせていただくより仕様がないと思います。それぞれご発言いただいたところを今晩8時30分から、明日のシンポジウムに向けてのスピーカー会議というのがありまして、コーディネーター、パネリストの皆さん、トークタイムの担当者を含めまして10月3日のシンポジウムの内容を検討することになっております。そこで島牧村の村長さんのお話、助言者の方々のお話やもちろんご質問のあった点につきましてもご報告し、しっかりとお伝えすることをお約束して終わらせていただきたいと思います。つたない司会で最後になりましたが、地元の黒松内町商工会の経営指導員をいたしております今井でした。
ご協力大変ありがとうございました。これで終わらせていただきます。

投稿者 kuromatsunai : 15:03

ブナの森と生きものたち

国際ブナ・フォーラム1993 in 黒松内」のプログラム「北のブナ林の地元から語ろう」
第3会場
ブナの森と生きものたち

場所
北海道黒松内町総合町民センター

座長及びゲスト
 黒松内農協理事 戸沢 和幸
森と渓流の会会長 畑井 信男
 島牧村農林課長 中野 勝美
     写真家 江川 正幸 

戸沢(座長)
 それでは「ブナの森と生きものたち」をテーマに提言者の畑井信男さんに、ブナの森の魅力と生態系の状態について問題提起をしてもらい、話を進めたいと思います。
 畑井さんは「森と渓流の会」の代表者としてブナ・フィッシング塾等にかかわり、町づくり委員会のメンバーとして活躍され、現在は町議会議員もされています。それでは畑井さんから提言をお願いします。

畑井
 まず森と渓流の会の活動についてお話します。
 今から10年程前に釣り仲間が集まった時に「どうも朱太川の様子がおかしい、水量も少なくなって渕に溜まった淀みから匂いもしている」ということで、これらの問題を考えながら何とか良い川にして行きたいと会員15名で始めました。
 通常の活動内容は、小学生等を集めて川での観察会を行っています。また子供から大人までを集め川で遊ぼうという企画のインストラクターとして、黒松内ふれあい町づくりの中での遊び方、釣りのし方、ナイフの使い方などを指導しています。
 それから、フライフィッシング塾を開いています。フライフィッシングという毛針を使って魚を釣る手法があるのですが、毛針の作り方やサオの振り方、そういったものを皆さんに知っていただきたいと始めたものです。
 こういった活動のきっかけは何かと言いますと、川の汚れなどの問題へ町民の目が朱太川に向けてもらうことによって、川が良くなっていくのではないだろうかと、1つの試みとして行っています。黒松内では今から20年程前から牛の飼育頭数が急激に増加してきました。これは大家畜農家を国の政策として進めてきた結果、牛舎も飼育頭数も大きくなり、し尿の処理の問題が出て来ました。従来のし尿処理の限界を超えて、やはり川の方へたれ流しの問題がいくつも出て来たようです。
そういう問題を少しでも緩和し、意識を変えていくために僕らには何が出来るのかを考えると、何かを川ですることによって町民の目を引き付ける。みんなが川を見ることによって川はどんどん良くなっていくんですね。
 この12~15年位の間にこの朱太川の流れは変わってきました。ここはアユ・ヤマベ・サクラマス・サケなどたくさんの魚種がのぼってきます。この川を生かしていくことが僕等にとって一番良いことなのだと川の観察や「川で遊ぼう」、フライフィッシングなどを進めてきました。
 山の木についても水の出方が変わってきたことによって目をむけてきました。昔、朱太川は腐葉土が混じったような黒い流れが主だったのですが、山林伐採によって道路がつけられるようになり、それにともなって赤い水がどんどん出るようになりました。それが回復していくには草や木がしっかり根付いて土の流出を止めなければ元の流れの、腐葉土が豊富な黒い色の流れには変わっていかない。その辺を考えながら、とにかく町民の目を朱太川に向けていく、山の方へ目を向けていこうと今まで取り組んできました。
 折角の機会ですのでここで北海道で一番大型の動物であるヒグマについての話をしたいと思います。このあたりは狩場山山系を中心として、北海道の中でも非常にヒグマの多い所です。寿都、島牧を含めてこの界隈にはヒグマが相当数生息しています。その他にキツネ、タヌキ、ウサギ、リス、ネズミなど色々な動物がいます。
まずヒグマは春になると穴から出てきます。出てきて一番最初に何をするのかと言うと、「水を飲んで元気をとりもどすんだ」という話をします。ところがちょっと違ってまして、クマは一番最初に水を飲むのではなくて何十キロも歩くんだそうです。
なぜ歩くのかと言いますと、冬の間ずっとたまっていたフンをまず1回出さなければならないのです。そのフンを出すために穴から出るとずっと歩き続けるんです。色々な所をずっと歩き続け、そうして便通を良くするために運動してたんですね。もともとクマは普段は植物質の食物を主体にとっているのであまり水は必要としないんです。だから春に穴から出て来たら、多少は飲むでしょうが、他のシカなどのようにはどんどん水を飲むという行動をしないようです。まず便通を良くする。この時に1年に最初のフンだけは非常に固まったフンが出てくるんです。このフンは秋に便がやわらかいと通りが良くなりすぎるので栓をするために、この辺だとネマガリダケを食べます。そのネマガリダケの繊維質で便通を止めます。そしてどんどん食料を食べ、貯えます。だから春の一番最初のフンは繊維質が非常に多くその時だけフンの中にタケが見られます。
最近山の中で皆さん間違われるのはタヌキのためフンです。タヌキは同じ場所にフンをする習性があります。一度にするわけではなくて、毎日同じ場所に行って同じようにフンをします。これはわりと固めのポロッとしたフンなんですが、たまたま何日もかけてフンをするので、雨が降るとくずれていってベチャッとした状態になります。このベチャッとしたフンの状態を見て、かなりの人がクマだと勘違いをします。
特に秋になると、食性はタヌキもクマも同じような感じなので、どうもあそこにはクマがいるよ、フンがあったよ、ということで行って見るとほとんどがタヌキのためフンなんです。皆さんも経験があると思いますが、山の中で道路わきにクマの様なフンを見ると驚かれると思います。良く見るとベチャッとした中にも固まりが少し残っています。それを見るとタヌキのフンだとわかります。クマは基本的にはベチャッとしたフンばかりなんです。おそらく年1回を除いてはベチャッとしたフンしかしないので、もし山の中でその様なモノを見たらじっくりと観察してみて下さい。
クマは普段何を食べて生活しているのかといいますと、3月、4月は穴から出てきても食べ物はあまりありませんから、まず岩などに付いたカサカサした苔を食べています。わりと雪の少ない場所では前の年のブナの実を主体に食べています。それから、この辺ではヤチブキ、エゾノリュウキンカといったものに食性が変わります。
この時期もう少しするとブヨがたくさん出るようになります。クマはわりとブヨが嫌いです。ハチミツは大好きで見つけるとすぐ取って食べます。ハチはどこということなく刺すんですが、クマは毛が厚いのでなかなか刺せないんです。ところがブヨは、人間も同じですが皮膚の露出している部分、耳とかまぶたを刺すものですから、クマは非常に嫌うんですね。こういう時期にはやっぱり相当いらだった行動が見うけられると思います。
5月~8月位になりますとアマニュウ、エゾニュウなど、この辺ではニオウと呼ばれているものの新芽を非常に好んで食べます。あとフジの根っことか色々な新芽を食べます。9月~11月位にかけてはコクワ、ヤマブドウなど山の木の実がたくさんなりますので、ブナの実だとかドングリだとかこういったものを食べているようです。
一昨年この歌才ブナ林にもクマが出ました。その時のクマはハンターに聞いたところ、通りグマだと言うことで2,3日様子を見たのですが、ブナ林のもっと奥の所で草だとかの食物を食べて、それから移動を始めました。今年は狩場山系の方では国道付近まで相当出て来ているようで、その原因は今年の山のなりものが非常に少なかったことがまず大きな原因だろうと思います。
人里近くの畑、農作物などに興味を持って出て来ているのだろうと言えると思います。冬眠前には脂肪を多くとらなければならないので脂肪を多く含んだものを好み、ドングリなどを積極的に食べているんだろうといえます。
昔は狩場山系からこちらのブナ林にかけて相当生息数が多かったようです。最近はまわりの環境のせいなのか良くわかりませんがブナ林に出るクマは少なくなりました。ブナ林の中にもクマの通り道があり、これはけもの道と呼ばれ、クマだけではなくシカも通ります。
この辺は本来はシカはいなかったのですが、洞爺湖の中島に泳いで渡ったシカがけもの道を通って、豊浦町に黒松内のブナ林を通って狩場山山系の方へ移動するのだと思います。シカは黒松内岳を通って長万部の方へ向かって出て行くのが相当いるのではないかと思います。長万部も本来はシカがいなかったのですが、最近は長万部公園周辺でずいぶん見られるようになりました。黒松内でも牧場の中を走っていたり、僕もアイスバーン状態の国道で一度大きなツノのシカが飛び出して来てビックリしたことがあります。良く気をつけて見ると黒松内の牧場の中にも足跡が見られます。川に水を飲みに来るので、夕方に釣りをやっていると良くシカと行き合います。光が当たると目が金色に光ってものすごい迫力があります。
今の歌才ブナ林は92haあります。比較的小さな原生林ですが、今後の課題として、最近ブナ林周辺の裏山で相当規模の伐採がありました。その後植林が全くされていないまま3年たったのですが、最近現場を見に行きましたら帰化植物、セイヨウタンポポなどの侵入が相当数あります。木が植えてあって日陰になっていれば別なのでしょうが。ブナ林の植物は2年程前にブナ林ガイドブックを作ったときに、道端だけで200種くらいありました。おそらく全部調べると、その2~3倍あるだろうと思います。92haのブナ林の中は昔からの植生をそのまま他から侵されないできたと、僕等は見ています。帰化植物がブナ林の中に入っていくと植生も変わっていく可能性があるだろうと思います。強い帰化植物によって、10年20年後のブナ林は今のままの植生であり続けられるのだろうかという問題があります。それと、周りの木が伐られたことによって風の影響を受けやすくなります。
普通の山であれば風の影響はそれ程受けないのでしょうが、ここは92haのほんとうに小さな原生林で、特に渡島半島の付け根ということでもあり太平洋と日本海の両側から冬は北西の風、夏は南東からの風が非常に強いのです。隣り町の寿都町は全国でも有数の風の強い所で、ここは風の通り道になっています。そうすると乾燥化が始まっていく可能性が高いのではないか。こういった問題は木を植えれば良いのですが、自分の持ち山ならともかく人の山なものですからなかなかそうはいかない。こういった問題は、例えば買い上げる取り組みをしていかなければならないのではないかと思います。
それともう一つ、保水力が低下してきています。かつてブナ林の中はいく筋もの流れがありいく筋もの湧き水が湧いているという非常にすばらしいブナ林だったのですが、最近そういったものがなくなってきました。特に湧き水はほとんど出てこなくなってます。少し濡れる程度の所がありますが、あれはかつて湧き水がこんこんと出ていた所なのです。ブナの森に入ると水筒がいらないと言われたくらい豊富だった名残です。その、水が命だったブナ林の保水力が低下してきている。そのことも今後十分に注意していかなければならないという気がします。
それとけもの道も含めて動物がだんだんと住みづらくなっている。従来であればけもの道を通って来た熊などは2ヶ月とか相当な日数をここで過ごしてきたはずなんです。ところが最近はまわりの木の伐採によって、ここに長く居られないんです。エサは確かにあるのですが、それほど長く居られないのです。けもの道を通ってすぐ通り過ぎてしまう。そしてもっと遠くの、木のある所に行ってしまう。環境的には現状の歌才ブナ林は危険信号までは行きませんが、もう少し考え方を変えて、取り組みをしていかなければならないという気がします。
もう一つブナ林の観光化にともなう植生の変化です。皆さんは登山靴のようなビブラムソールの靴をはいていますが、それで入って行く時に、よく牧草地で遊んでから入られる方が多いと思います。その時にクローバーやブルーグラスといった草の種が土と一緒に混じって森に進入します。そのためブナ林の入口に800m位の民有林の道路にまでそういった植生が進出しています。最終的にはブナ林の中までこういった植物が入っていく可能性が高くなっています。こういった部分についても、ここのブナ林を全面開放して誰でも入れるほうがいいのか、ある部分では互いに気をつけていくという形になったほうが良いのか。こういう問題はこれから課題にしていこうと思います。以上です。


座長
ただ今、畑井さんから黒松内のブナ林の生態の紹介、そして問題提起がなされました。
1つはヒグマの関係で、山に食物が少ないので民家のほうへ下りてくるのが増えてきたという問題。もう1つは帰化植物の侵入が観光化にともなって靴に付着した種子によって植生が変化するのではないかということ。いま1点は残念ながら周辺の木の伐採によって風の害、保水力の低下も心配されるということ。この3点ほどだされたわけです。参加者の方にぜひ御意見いただきたいと思います。
他の地域の方でそういった問題に対して御意見等ありましたらいただきたいと思います。

参加者
けもの道の話ですが、昨日の朝に歌才自然の家の右手の方を上がり森の方を散歩しました。そこで何かのフンを見つけたので、一生懸命見たのですが何のフンかわかりません。アスファルトの上に3mくらいポツンポツンと落ちていたのですが。

畑井
 家畜はそのあたりにはいないので、キツネかタヌキなのか。ちょっとわかりませんが。

参加者
 専門家が見たら何のフンなのかわかりますか?

畑井
 わかると思います。
 あんがい勘違いするのが散歩につれて行った犬のフンなんです。

参加者 
 犬ではないようです。犬は真ん中にはしないんですよね。必ず道路の外側にします。真ん中にポツンポツンとしてるんですよ。

畑井
 ヒグマなんかも道路の真ん中によくするんです。車も人も通らなくなって何年もたった林道で遊んでいるようなとき、歩きながらしているのか点々としたフンがヒグマには見られます。あと、沢に残雪が残っている場合、子グマが尻すべりをして遊んでいます。道路の方が通りやすいものですから、点々としたフンを良くしてますね。ここでは今年もずい分見てますがヒグマではないと思います。何か他の小動物でしょう。

参加者
 何か妙なんですよ、畑井さん見て下さいませんか。

畑井
 わかりました。

座長
 何か他に御意見はありませんか。
 ヒグマに関しては昨年度は山の方が豊作だった関係からあまり下りて来なかったわけですが、やはり今年はヒグマの出没例が多いような気配がします。やはり、気候条件によって下りて来るのですが、これも共存していかなくてはだめな部分です。帰化植物の関係では靴の問題も出されましたが、靴もブナ林に入る場合は考えなければいけないのかなと思います。何かそういった対応策等ありましたら、また同じような問題のある地域等ございましたらお願いします。
 遅くなりましたがここで助言者の江川さんをご紹介したいと思います。江川さんは同じ管内の仁木町のお生まれで、現在青森の白神山地で主に活動されています。弘前大学農学部応用昆虫学教室を卒業されましてフリーの動物写真家として活躍されています。著作の関係では下北半島のサルなどがございます。このトークタイム終了後には各施設を回りますが、ブナセンターでは江川さんの写真を展示しております。
 それでは白神山地等の状況も合わせてお話し願いたいと思います。

江川
 江川です。よろしくお願いします。
 朝は雨でだめかと思いましたが、ちょうど晴れましてブナ林を歩かせてもらいました。
 非常にうらやましく思うのは、とても良い状態で残されているなということです。のんびり入って適当な登り下りがあって一汗かいてブナを観察、またインストラクターが良いですね。ただ見るだけでなくきちんと説明してくれる。そういったシステムを見て非常にうらやましく思いました。町全体の景観も自然と調和して、自然をこわさないように良くやっているなと、来てすぐわかるんですね。そういった意味で、畑井さんなどの功績などがすごく大きいのではないかと思うし、一つの歴史に残るこの町の活動だと思います。
現場を見ていつも思うのですが、ここを伐ってはいけないのではと新聞などに投書しても言い放しになっていて具体的に根付かないんですね。そういった意味で、現場を知っている人間が5人いれば違うと思います。たぶんその5人がここは各分野にいらっしゃったので良かったのだと思います。
 それと、昔天然記念物に指定されたとき、指定した学者も仲々のものだと思うし、またそれをきちんと評価して村おこしに使い、どこにいってもブナを見られる。どうもブナの本場は白神山地と言われますが、追いぬかれているんじゃないかという気がします。このような状態を今回取材して青森で伝えたいと思います。できれば将来的には青森の市町村と連携を取りたいと思います。
 動物分布から見ると非常におもしろいのですが、幕末の頃函館に住んでいたブラキストンが偉大な仕事をして、ブラキストン線を提唱しました。その後東北地方でクマゲラなどが発見されて、一時ブラキストン線がまちがいじゃないかと言われたこともありましたが、陸上動物に関してはかなり当てはまります。ブラキストン線を意識するせいか、本州のクマゲラと北海道のクマゲラでは、どうも生態が違うんですね。
 秋田の学者の中には別種なのではないかと、意見を言う人もいます。僕はもっと大きなレベルで、ブナの森は氷河期の後退と共に縁にくっつくようにしてつくられたんですね。本来は針葉樹林のほうがすみやすいわけです。ブナ林がたまたま大きくてまっすぐでトドマツのような幹なのでそこに辛うじて残った。居つきたかったクマゲラが巣を作って残った。残留組のブナの好きなクマゲラこそが、我々の観察しているクマゲラだと思います。ここではまだクマゲラの繁殖が確認されていないということで、ぜひ調査して、クマゲラの実態を調べていただきたいと思います。
 町のシンボルでありブナ林のシンボルでもありますから、20人くらいでクマゲラの痕跡を探す行事をしていただき、その時にはぜひ参加したいと思います。
 もう一点、歌才ブナ林が今のまま残っていけるかという不安が問題になっているようですが、それは周辺からじわじわやられていくという感じなのですか。

座長
 そうです。

江川
 牧場とかですか。

畑井
 ブナ林のすぐ近くの木が実際に伐採されまして、そのことによってセイヨウタンポポなどが入って来ています。それがブナ林のすぐ接するところなものですから、ブナ林の中に侵入するのはもう時間の問題なのです。今皆さんが見ている森の核心部からではなく周辺からなのですが、帰化植物は強いですから。その辺から植生の変化が起こってくるのではないかと心配しています。

江川
白神山地に関して言えば人が入るとか、周辺の杉を植えるために一度伐られた部分には本来そこになかった植物も出ます。それが侵入して森を壊すというよりは、機械や道路がじわじわと壊すのではないかという気がします。
白神山地は保護されたと言いますが、周辺部では激しい伐採をやっています。それも非常に心配なのです。ここではできるだけ原生林をそのまま残していく方向で活動なされば心配ないと思います。しかもブナ林の内容はすごく良く感動的です。ブナは雪に強く生命力がたくましい木ですよね。しかし機械には弱いので、周りの開発をするときには良く考えていただきたいと思います。
あと保水力の低下の問題ですが、白神の場合は最近の雪が降らない暖冬では夏に川の水が完全に渇水状態になってしまうんですね。残雪がなくて、土に十分水がしみこまず、川に水が出てこないという状態です。最近湧き水が出てこなくなったということですが、ここは平地的な環境でブナを育成しているようですから、山自体には保水力がないのでこのまま雪が降らなかったりしますとよぼど注意していないと枯れてしまうんでしょうね。積雪量の多いところにブナは発達するものですから雪とブナは友達のようなものです。降雪量が大切です。気になるのは酸性雨の問題ですが、日本でもレモンジュースのような雨が降っているという話があります。白神で調査された話もないので推測で話をするしかないのですが、黄葉が全然きれいでないことと、季節のメリハリがここ数年なくなったということがあります。非常に寂しく感じています。
けもの道に関してですが、本来の伐採によって動物が長くいられないということでしたが、正にその通りだと思います。
今年は山も冷害でクマも下りて来て、青森でもドラム缶でつかまえて山に戻すという方向で猟友会も努力してやっています。面倒だから撃ってしまえという話も出まして、新聞紙上で色々ともめています。動物の保護管理は本当にすごくむずかしい問題です。シカの場合は明らかに増えすぎたということで、雄だけでなく雌も殺さなくてはいけないのではないかという話も出ています。
ただし、素人の考えでただ増えたから殺すとかではなく、出て来たからクマを殺すということではなく、本来の自然を考えて動物にやさしくする。もちろん保護管理の場合は時には殺すこともあります。本当の専門家がこの地域でもいてきちんとアドバイスしながらここはやっていける土地柄だと思います。
私は短時間でしたが今日、ここの自然を案内してもらいました。お会いするどの方も自然に関して一目置いて、本などである程度知識として持っている。そういう人が案内するということがすごいことです。本当に感動しました。
こういう状況をぜひ青森で紹介して、ぜひ手本にしたいと思います。

座長
ありがとうございました。江川さんの方から私達が心配していた点につきまして適切に御助言していただきました。今後私達が進んでいく方向につきましては5人の知っている人がいれば保たれていくということで、このあたりがたいへん心強く感じました。
私達もやっとブナについて知ってきた状態ですし、生態系が狂うような気象条件につきましては、専門家を交えて勉強していきたいと思います。また、森林の保全の問題を町でも取り上げていますが、公有化の話も話し合いの中に出てきています。そのような話し合いの中から実施していきたいと思います。
 本当に限られた時間の中で提言者と助言者だけの話になってしまいました。トークタイムの時間の持ち方に不首尾があったかと思いますが、この後の交流会の中で江川さんや畑井さんにお聞きしたり交流を深め、ブナの森とのむすびつきを深めていただきたいと思います。
 司会が至らないために皆様の御意見を取り上げられなかった点を申し訳なく思っています。
 今日はありがとうございました。

投稿者 kuromatsunai : 14:59

観光資源としてのブナ林

国際ブナ・フォーラム1993 in 黒松内」のプログラム「北のブナ林の地元から語ろう」
第4会場
観光資源としてのブナ林

場所
北海道黒松内町総合町民センター

座長及びゲスト
   黒松内商工会経営指導員 今井 寿光
   島牧村村長 永井 政一
    寿都町農政課長 斉藤 信一
北大大学院地球環境科学研究科 ガリー・ピラー
   青森県西目屋村職員 西沢 一司


今井(座長)
 それではそろそろ始めます。
 提言者を始めとして皆さんにブナ林の魅力についてお話しいただきまして、ブナ林を観光資源としてどう活用するか、どう活用する可能性があるのか。そういった話を伺いたいと思います。あるいはブナ林を観光資源として活用する際の危険性などについても研究していただければと思います。今日は皆さんからテーマに沿った課題や問題それから意見等をいただきまして、明日開かれますシンポジウムで論議いただく、いわば材料を提供するのが、この分科会の役割だというようなご理解をいただきたいと思います。なにぶん時間が限られておりますので、意見を集約するとかあるいは結論を導き出すといったところまでは、この分科会では求められていないという風に考えて進めさせていただきますのでよろしくお願いします。
 それでは提言者とアドバイザーをご紹介させていただきます。提言者としてテーマに沿った課題を提起いただいて、事例等の発表もいただきたいと思いますが、当町の歌才ブナ林よりも、もっと広大で立派なブナ林を持ちます。隣村の永井島牧村村長です。

永井(島牧村村長)
 どうぞよろしくお願いします。
 
座長
 次に皆さんの質問や意見に対して助言や解答を下さいますアドバイザーとして、始めに北海道の大学院で地球環境科学を研究されておりまして、ブナ林を重要な研究テーマともされていらっしゃいます、ガリー・ピラーさんです。

ピラー
 どうぞよろしくお願いします。

座長
 ガリー・ピラーさんはもちろん日本語は大丈夫ですのでご安心いただきたいと思います。それからもうひとかた、有名な白神山地の入り口に位置します青森県西目屋村役場の職員で、白神山地の担当されていらっしゃいます、西沢一司さんです。

西沢
 よろしくお願いします。

座長
 記録につきましては、寿都町の斉藤農政課長さんにお願いします。

斉藤
 よろしくお願いします。

座長
 それでは早速、島牧村の永井村長さんよりご発表いただきたいと思います。よろしくお願いします。
 
村長
 ご紹介をいただきました、島牧の村長をいたしております永井です。このトークタイムでは「観光資源としてのブナ」というテーマになっているわけですが、15分から20分という時間を頂戴できるそうなので、その中でお話ししたいと思います。
 島牧村は、ご存じの方も多いかと思いますが、簡単に申し上げます。まず沿岸線が約50kmあります。市町村としての沿岸線は全国でも長い方です。釣場を求めて道内外からおいでになる方も多くございます。沿岸線が長いだけに7つの漁港をもっております。総面積は437k㎡となっており、北海道では212の市町村のうち55番目ぐらいの広さです。後志管内では蘭越町がトップなんですが、これと少しの差でほとんど肩を並べるくらいの広さをもっています。このうち森林面積が約400k㎡。細かく言いますと、93.8%が山であり森林です。面積が広いだけに後志管内では、黒松内と寿都町が隣接しております。また渡島管内では長万部町、桧山管内では今金、北桧山、瀬棚と6町が島牧の土地に連っています。
この島牧を含めた7町村が約10万haの国有林を取り囲んでいます。いわば海あり山ありまた温泉ありという風なところで、戦後の乱伐期がありましたが、おおむね自然がそのまま残っているところと自負しているところであります。狩場山(1,520m)をはじめ大平山などの山岳地帯が多くの面積を占めており、千走川、泊川、太平川、折川の4本の大きな川があります。この上流はいずれも渓谷の美しさで知られております。しかし何といっても狩場山のふもと、千走川の上流に位置している賀老の滝は日本名 百選随一の景観を誇っており、訪れる人も年々増えています。ブナ林につきましては狩場山、太平山をメインに広く分布していますが、特に狩場山の山塊のブナ林は10,700haでこれは環境庁の緑の国勢調査においてランキングナンバー1に位置付けされており、全国一です。全国的に有名なのです。この中に狩場山自然休養林1,648haはほとんどブナです。ブナの遺伝資源保存林154haなども設定されており貴重な資源として伐採を禁止して保存されています。北限のブナ帯としては最大の規模を誇っているということです。ですから島牧においては観光資源としてのブナの位置付けは狩場山、太平山の登山に加えて広大なブナ林と賀老の滝との組み合わせになると思います。海の方は今日は除かせていただきます。
私は賀老の滝あってのブナ林であり、ブナ林あっての賀老の滝であると思っています。私は村長歴が非常に浅く、まだ今年で6年なんですが、就任以来この賀老高原のブナや賀老の滝に魅せられていまして、何とかしてこれらを活用して地域の活性化を図りたいと思っています。島牧は過疎地ですので、人口は少なくても1人1人の住民が豊かになることを念じております。やはりこれには観光人口の流入を図ることが第一だろうと思い、まず始めたのは、賀老の滝への道が非常に難儀だったので急斜面に階段状の遊歩道を設置しました。今日おそらく何名かこの中で、滝の方へ行かれた方もいると思いますけれど、その道をつくりました。これは木の伐採をせずにつくりましたのでほとんど人力です。上の方の、木を伐採しなくてもいい部分はコンクリートで階段をつくっていますが、コンクリートのなくなる部分からは全部擬木と砕石といったようにすべて人力運搬です。従って展望台も全部組み立て式で人ではこびました。かなりお金はかかりましたが、まずは木一本も切らずにそんなことをやりました。
 それから、国道から滝への駐車場がありますが、駐車場まで14kmあります。これを一昨年の11月に全部舗装化して、これによって効果てき面といいますか、昨年は10万人を超える滝の観光客が訪れています。今年はご存じの通り7月12日に北海道南西沖地震が発生して、後志管内では島牧が1番の被害を受けたわけです。これは奥尻島に次ぐ被害で、8人の尊い犠牲者を出しました。150戸の人家、200隻の漁船が損傷しましたが、おかげ様で今3ヶ月に入ろうとしてほとんど復旧しまして、平穏を取り戻しております。いつまでも震災でめげてはいられません。
今月17日の日曜日に、賀老の滝周辺のブナ林は紅葉の最盛期をむかえます。全山ブナの黄葉が見られるのです。北海道には24の村がありますが、この時期にこの24の村が一年に一度「むらこん」、村の懇談会といいますか、そういうものを開いておりまして、今年第7回目で、ラッキー7と私は言っていますが、これを島牧で開催することにしております。ブナの黄葉と賀老の滝をメインにして「むらこん」を島牧で開催する予定だったのを、震災が起きたために取り止めにすることにしていました。しかし、復興第一段にしたいということで行うことにしました。
当面、賀老の滝の入り込み人数は、国有林とも提携して森林リゾートの基本計画ができているのですが、それで30万人程の入り込みを見ております。国と村が協力してこの地帯の入り込みを図っていこうということで、俗な建物はあそこにはひとつも建てないということにしています。賀老の滝の周辺はブナの原生地帯になっておりますので、去年は国有林の方にお願いして橋桁40mの吊り橋をつくっていただいて、今年は取付道路を年内に完成することになっていますので、この2,3日中に着手するはずです。ブナの原生林内に2.5km程度の周遊コースをつくりまして、そこに賀老の滝を下に見下ろせる展望台を一ヶ所つくりたいと思っています。場所は遊歩道をつくってみた結果によって適地を選定したいと思っているんです。その希望としては、身体障害者の方は今の階段では滝のところまで行けませんので、今回つくった吊り橋の取付けでは車イスで行けるようなものにしたい。しかしこれはずいぶん営林当局の方からクレームがついたのですが、何とかお願いして車イスで周遊できるようにしたい。そして近い将来展望台をつくって、そこから身体障害者の方も賀老の滝を見学出来るような環境をつくりたいと思っております。また、それが実現したあかつきには、全国の身体障害者を呼び込んでいきたいというような計画をたてております。
このようにいろいろなことをやっておりますが、この滝をメインにまだ4,5年はかかると思いますけど、長期的に森林公園としての整備をし、」約一千町歩ある賀老高原の高台の自然をそのまま温存したいと考えております。滝という字はサンズイに竜とかきますが、昔から老竜人の住むところと言われております。そこで滝の上の方に竜人の伝説記念碑をつくりまして、きのうの10月1日に除幕式を行いました。それは信仰の対象と言うよりも、ここは聖なる地である、竜人の守っているところである、ということで観光に来られる方の向徳心に訴えイメージアップを図りながらゴミは自分でお持ち帰りいただく。近い将来はゴミ箱等は全部撤去して自分で出したゴミは持ち帰っていただこうという作戦です。30万人から将来50万人の人がひと握りのゴミを落としていっても莫大な山になってしまします。そのようなことが竜人の碑を建てたねらいでもあるのです。また一番大変なことなんだろうと思うのですが、この一千町歩の大地を自然そのままにしておくために半分は村有林なのですが、民有地も点在しております。そこで500町歩ぐらいを今年から買い始めております。今年はすでに50町歩買いましたし、明年は380町歩ぐらい買いたいと思ってます。3,4年で全部買ってしまいたいと考えております。ねらいといたしましては自然をそこなわさいように措置し、賀老の滝とかそういうところでは管理経費がかかりますが収入は何もないわけで、地元では漁村ですし新鮮なグルメを楽しんでいただきながら温泉、スポーツ施設、宿泊施設などの整備によって滞在型の保養地の立地を図りたい。
いずれにしても地の利を生かして果てしない夢を描きながら、今は土台づくりに専念しているというところが実態であります。賀老の滝を取り囲むブナの原生林はすべて伐採を禁止しておりますので、年々蓄積が増え半永久的な貴重な村の資源になると考えております。黒松内町においては北限のブナの里づくり構想とその実践が進んでおり、この国際ブナ・フォーラムにつながっているわけですが、率直に申し上げまして本村から見ますと、ブナ資源活用の先行的な投資をしていただいていると受け止めております。その先見性に深く敬意を表したいと思っております。これから高速交通体型の時代の到来をにらんで、新幹線、高速道路など、これらの観光客の流動的なことを考えながら攻撃的な視野に立ち、黒松内町、島牧村のそれぞれの地域の相乗的な効果をねらい相携えてそれぞれの地域の活性化を図って参りたいと考えております。
まだいろいろ申し上げたいこともございますが、一応ここでくぎらせていただきます。

座長
どうもありがとうございました。永井村長から、ただいま一千町歩に渡るブナ林や自然を損なわないように開発し、しかも障害者にも配慮した開発計画をうかがいました。またゴミ持ち帰りというユニークな作戦も立てられているようでして非常に感心して聞いておりました。これから皆さんにご経験、御質問をお受けするわけですが時間が限られております。なるべく多くの方からお話をうかがいたいと思いますのでて手短かにご発言お願いします。また発言の際は手をあげていただきましたらマイクをお持ちしますのでよろしくお願いします。どなたかご発言はございませんか。村長さんへ質問でも結構です。

参加者
 質問させていただけますか。札幌から来ました小山と申します。手短にすませますが、実は村長さんとは2年前に美唄市にある道立林業試験場で森林インストラクターの研修会でお会いしております。
 村長さんは島牧村を代表して一人の職員をお連れになり、自ら研修に参加していて、一緒に2泊3日研修を受けたんです。私は行政の長という立場にありながら、率先して自然観察というか森林インストラクターの研修をお受けになるというその姿勢に本当に感動しました。以前にも知床全国フォーラムというのに参加したら、東北のある町の町長さんがお見えになり、ほうふつとしました。その町は上流にブナがあるということで、上流の森が豊かでなければイネも育たないし、その時は海の話もなさっていました。最近そういう方が日本の地方の行政の中から増えてきたということに感動いたします。それで今日もそのように行政が進んでいるということを認識しました。
二町一村の国際ブナ・フォーラムは広域といってもいいのでしょうか。その協力のもとになされているんだという行政的な姿勢が感じられます。これは島牧だけではなく黒松内もそうです。私は学校の教員をしているのですが、社会科の教員として子供たちに現代社会とか地理や世界史を教えていく立場の中で、一教員としてそのような点を考えると、非常にたくさんのお土産をもって教育現場に帰れるということで参加したことを喜びたいと思います。
質問なんですが、トイレが非常に立派なトイレでボタンを押すとちゃんと水が出るのですが、失礼ですがこれは浄化式なのかということが一点。あと滝まで行く林道の自然林のコースに非常に適切な植物の案内板がありますね、これは非常に難しい面があると思うのですが、例えばもし心ない人がいたら、案内をしたことでかえって咲いている花をとっていくということを促す危険性があるのではということがもう一点です。私は方向性としてガイドブックというのが今たくさん出ていますが、これも心ない人には便宜性を与えてしまうのではないだろうかと思うのです。しかしこれだけ情報の集まっている時に、いいものはみんなで観察し守っていくとく姿勢の中で、そのようなガイドブックや花の散歩道を出されている著書の姿勢なども、精神的な問題だろうと思いますし、素晴らしいことだと思っております。そのようなことに対する姿勢がありましたら教えていただきたいと思います。これは余計なことですが安山岩の柱状節理がありましたので案内板を出すといいと思います。急勾配を下がっていく階段のところですので景観の点や危険性の面、また滝に集中していただきたいということであれば、そういうのをつけるのはかえって余計かもしれませんが、ちょっと気付いたものですのでご報告まで。

座長
ありがとうございました。3ヵ町村でこういったフォーラムを開催するということで、主催側が涙を流しそうなくらい褒めていただきましてありがとうございます。それでは永井村長ご質問にお答え下さい。

村長
さわやかトイレは大きい駐車場に去年完成したのですが、去年の秋に設置して今年の春からオープンしました。簡易水洗になっておりまして浄化槽を設けております。今までは水量が少なくてすんだのですが、だんだん多くなりまして水圧がなくなってきたので明年度水源地をもっと高いところに持っていって、水圧と水量を確保するために一億円かけて行うつもりで、きれいな水を豊富に使えるようにしたいと思っております。
あそこは車止めして歩いていただいてますが、あれは去年からでして、10万人も超えて来ますと車がパンク状態になってしまいますので今年からは歩いていただくことになりました。それから看板の件ですが、まだまだ試しにやっている段階で、看板によっての盗掘はあの滝の周辺に限っては、ほとんど切れ間なく人がいますのでそう大きな被害はないと思います。また監視員を常駐させておりますので、常時見ておりトイレの掃除などもしておりますのであの周辺に限っては大丈夫だと思います。むしろ狩場山の登山者などの方が心配でして、看板があるからというわけではなくそのような被害は若干あると思います。ただ、滝を見に入る方というのは滝だけを見に来るんですね。ブナなど見てないのです。それから通り道の植物もあまり見ていない。ですから車止めして滝までの間少しでも注意をしながら歩いて、これはナナカマドだとかこれは何だろうと見る。そして滝を下る時も、それこそ原生のブナ林の中を階段で下っていくのですからこわいこわいとばかり言ってないで、こわかったら休んで、滝の音を聞きながらブナの肌や太さや渓谷のたたずまいに耳をすませたらいかがでしょうか。私は10分で下って10分で上ってくるものですから、もう慣れてますが、そうするとこわさというのがないのです。忘れてしまって自然に上がってきてしまう。そういった教育をしたいと思っています。
本当は30万人も入るようになると、専門のインストラクターを付けて説明をしたり山の大事なことや先程お話にありました地質、狩場山の起源などを勉強したりして案内出来れば、こんな楽しいコースはないと考えております。今のところは、私自身は森林インストラクター的なものに非常に重要性を感じておりますし、職員の養成もしていますがまだ間に合いません。そこで私は村長をやめてインストラクターをしたらいいのではと言われますが、なかなかやめさせてくれないものですから……。ちょっと加えますと、車止めしたところから滝の方へ下りそこから上がっていきますと先程申し上げた竜人の碑のところに出ます。そこは豊富な炭酸水の岩清水が出ています。そこから、これも先程言いました国有林の吊り橋を渡り巨木ばかりある本当のブナの原生地帯へ入る。というそこまでの周遊道路を明年からの3ヵ年計画でつくり、その道路は舗装化します。そしてそこは歩かない人はシャトルバスを出し、どこでも乗り降り出来るような、そんなものをつくりたいというのが私の願いです。そのシャトルバスから降りてから歩くだけのコースでも、吊り橋を渡ってから2km半くらいあるので、ゆっくりとお楽しみいただく構想を立てております。
だいたい5ヵ年くらいで周辺の土地買収、滝周辺の公園整備を終えたいと思ってます。そうなったら胸を張って全国から人が呼べる、そうすると地元に相当な波紋を起こして、賀老の滝まで30万人、50万人という人が来れば、途中黒松内あるいは寿都を通ってきますし、また瀬棚の方に抜けていったりする。そのようなことで流通して行き、賀老の滝を核にして交通体系も変わり、観光客の来かたも変わってくるんじゃないかと思っております。

座長
どうもありがとうございました。早くも予定した時間も残すところあと10分になってしまいました。

村長
なんかおしゃべりしちゃって……進みたりないですね。

座長
司会者の方も村長さんの話を面白く聞いてしまいました。もうひと方ぐらいから、テーマにあります観光資源としてのブナ林について、ご意見ありませんか。はい、どうぞ。

参加者
一般参加の橋本です。今、こういったブナ文化などの自然博物館などの構想はありますか。

村長
島牧では今のところ考えていません。なぜかというと黒松内でブナの博物館をつくってくれているんです。うちでお金をかけなくてもいいんです。ここで世界のブナから何から見ていただければ、それでいいのではと思います。ただ、一千町歩に及ぶ森林を保存するわけですからあまり建物は建てたくありませんが"、自然体験をする場所はつくりたいです。例えばキノコの森だとか、いろんなことを考えております。

座長
ありがとうございます。ブナセンターという施設が黒松内にございまして、この分科会が終わるとこの会場の前からバスが出ますので是非ご覧になっていただきたいと思います。今年7月にオープンしたばかりで十分な形は揃ってないとは思いますが、いち過程の段階としてみていただければと思います。せっかく助言者としてお二方をお招きしていますので、ガリー・ピラーさんはこの3年ぐらい黒松内に興味を持たれて、主に島牧方面のブナ林で研究を続けてれております。そのブナ林の魅力についてひとことお願いしたいと思います。

ピラー
この3年間、賀老の滝のすぐそばで研究をしました。その間でいろいろな設備が目の前に発展してすごく感動しました。英語で今流行ってる言葉があります。”Thing globally Act locally”日本語で直訳すると「地球規模で考えて足元から行動する」です。島牧の活躍を見ていてまさにその通りだと思いました。森林を保護するための一番難しい点は経済面だと思います。でも観光で森林そのままを使うのであれば、それは一番いい方法だと思います。この3年間島牧の活躍を見て、私はオーストラリアに帰ってからこのようないい例を教えたいです。

座長
 どうもありがとうございました。それでは青森県から来ていただいた西沢さん。

西沢
 うちの方の白神山地のことで若干お話ししたいと思います。皆さんマスコミなどを通じていろいろご存じかと思いますが、今日も会場のロビーに紹介するようなものがあるのですが、俗に言う白神山地というのは正直言ってほとんど一般の方が入れるような場所ではありません。ですからテレビや写真のものは、山の中に1週間とか10日の単位で宿泊して、本当の自然の姿を写しているのが現状です。
 しかしそういうものを見た方から問い合わせがあるのです。観光バスから降りてすぐブナ林の中に入りたいとか革靴やハイヒールのまま、すぐブナの林を歩いてみたいという問い合わせが今すごく多いんです。一日平均10本から20本のそういった問い合わせの電話があるので、うちの方としても臨時職員を一人雇って応対する時期もあったぐらいです。それでもどうしても見たいという方が多いので、けもの道のようなところで1時間ぐらい歩けるコースをセットして、そのコース内には当然樹齢150年から200年近いブナの木もまだ残ってますのでそこで勘弁してもらってるのが今の現状です。そこを歩いただけでも東京などに帰り白神のブナを見てきたよと言っても間違いではありませんので。やはり遭難者が年間1名から2名ぐらい出ますし、そのくらい険しくて地元の方でもほとんど入るような場所ではないのです。
私も去年初めて入ってみたのですが、広い川をずっと登って行って、4,5時間ぐらい川なりに歩いて行き、最後の一滴がなくなってからまた1時間ぐらい山を登り、尾根をさらに1時間半ぐらい行く。だいたい5時間から6時間ぐらいでちょうど中腹に着くんです。そこから頂上までは竹薮でほとんど歩けないような状態の険しいところです。
このようになかなか白神山地という言葉に対して、こちらで観光客の受皿がまだ出来ていないというのが実情ですし、皆さんがどのようなところを想像しているかわかりませんが、地元の人でもあまり入るようなとことではない、ということをご紹介いたしました。

座長
ありがとうございます。予定より5分早く終われという指示があったのですが、先程のアナウンスによれば5時15分まで残すところあと1,2分です。本当に十分な時間がとれませんで、トークタイムと言いましても助言者のお二方に一言ずつお話しいただいたのと、2名の方の参加者のご意見をうかがっただけで終わらせていただくより仕様がないと思います。それぞれご発言いただいたところを今晩8時30分から、明日のシンポジウムに向けてのスピーカー会議というのがありまして、コーディネーター、パネリストの皆さん、トークタイムの担当者を含めまして10月3日のシンポジウムの内容を検討することになっております。そこで島牧村の村長さんのお話、助言者の方々のお話やもちろんご質問のあった点につきましてもご報告し、しっかりとお伝えすることをお約束して終わらせていただきたいと思います。つたない司会で最後になりましたが、地元の黒松内町商工会の経営指導員をいたしております今井でした。
ご協力大変ありがとうございました。これで終わらせていただきます。

投稿者 kuromatsunai : 14:46